第二十九話
夜は老けていた。
薬屋の明かりだけが静かに揺れている。
外では住民たちが慌ただしく動いていた。
水の配給。
井戸の確認。
ルーメン中が今までにないほど忙しい。
その中で、シオンは机に向かっていた。
『灰霧化進行報告』
ボロボロの資料を一枚ずつ読み進める。
難しい言葉。
研究記録。
実験番号。
だが、
少しずつ見えてくる。
「……違う」
シオンが呟く。
オルディスが顔をあげた。
薬屋には今、彼も来ていた。
資料解読のためだ。
「何がだ」
シオンは資料を指差した。
「最初から街が目的じゃない。」
オルディスの眉が動く。
ページにはこう書かれていた。
[地下魔力脈と反応試験]
[灰霧結晶の培養]
[水脈汚染による拡散効率測定]
シオンは静かに言った。
「病気を作るのが目的じゃない。」
「何か探してる」
オルディスも読み進める。
やがて表情が変わった。
「……まさか」
シオンが続きをめくる。
そこには古い地図があった。
ルーメンの地下。
地下水道。
洞窟。
そして、
大きく赤丸がついている。
【始原水】
ナギが首を傾げる。
「なんそれ」
「伝承だ」
「エルフの古い伝説にある」
リリが目を丸くする。
「知ってるの?」
オルディスはうなづく。
「山の地下にあるという泉だ」
「魔力の源泉」
「大昔から語られている」
ナギが呆れた顔になる。
「伝説じゃん」
「私もそう思っていた」
オルディスは資料を見る。
だが、研究者たちは本気だった。
何年も探している。
地下水脈を追い。
魔物を使い。
灰霧病をばら撒いてまで。
シオンは地図を見つめる。
そして。
「……見つけた」
全員が振り向く。
シオンは地図の一点を指差した。
薬局の位置。
枯れた井戸。
研究所。
地下水道。
全部がつながる。
「ここ」
「ルーメンの下」
静寂。
ナギが顔をしかめる。
「つまり?」
シオンは答える。
「街の真下にある」
その瞬間。
ドンドンドン!!
薬屋の扉が激しく叩かれた。
全員が振り返る。
ジークだった。
息を切らしている。
「シオン!」
「泉が見つかった!」
リリが立ち上がる。
「え!?」
ジークは続ける。
「陽だまりの段丘の奥だ!」
「だが問題がある」
シオンは立ち上がる。
「なに?」
ジークの顔が険しくなる。
「泉の周りに灰霧結晶が生えている。」
空気が凍る。
オルディスが低く呟く。
「……培養場」
シオンの瞳が細くなる。
研究資料。
地下水脈。
灰霧結晶。
全部が繋がった。
誰かが、意図的に
ルーメンの水を汚している。
そして、
その中心がーーー
泉
シオンは薬箱を持ち上げた。
ナギが即座に言う。
「行くんでしょ」
「うん」
「知ってた」
リリも立ち上がる。
レインも壁を支えながら歩く。
オルディスはため息を吐いた。
「……休むと言う選択肢はないのか」
シオンは少し考えた。
「後で休む」
「その後が来ないんだよ…」
ナギが即答した。
だが、
誰も止めなかった。
もうみんなわかっていた。
ルーメンの病は薬だけでは治らない。
街そのものの原因を断たなければ。
そして翌朝
シオンたちは
陽だまりの段丘のさらに奥ーー
伝説の泉に向かうことになる。




