第三話
子供の足首は腫れていた
転んだ拍子にひねったらしい
シオンは泥だらけの小さな脚を見つめ、そっと触れる
「痛っ・・・・」
「ごめん、確認だけ」
子供は犬獣人の男子だった
年は7つくらい
怯えた目でシオンとナギを交互にみる
「骨は折れていない」
シオンは薬箱から細い木板を取り出した
「少し固定する」
ナギはようやく我に返る
「・・・あんた、それ」
「応急処置用」
「いやそうじゃなくて」
ナギは霧狼が逃げた方向を見る
「なんで魔物の対策知ってんの」
「辺境だと必要だから」
「薬師ってそんなことする?」
「する人もいる」
シオンは淡々としていた
まるで特別なことをした自覚がない
子供は不安そうにつぶやく
「・・・おねえちゃん」
「ん?」
「お金、ない・・・」
ナギの表情が曇る
またそれだ
この辺境では、
助けてもらうには金がいる
払えないから見捨てられる
それが普通だった
けれど・・・
シオンは首を傾げた
「別にいらない」
「・・・ほんと?」
「うん」
「なんで?」
シオンは少し考えた
そして真顔で答える
「怪我してるから」
ナギは思わず額を押さえた
会話が成立しているようで成立していない
だが・・・
子供は少しだけ笑った
その顔を見た瞬間
ナギの胸が妙にざわつく
ずっとみていなかった顔だった
安心した顔
シオンは固定を終えると立ち上がった
「今日は安静」
「無理して走らない」
「あと水飲んで」
子供は何度もうなづく
「ありがとう、おねえちゃん!」
その言葉に
シオンは少しだけ目を瞬かせた
「どういたしまして」
ぎこちない返事だった
子供が去っていく
「走らないっていわれただろ」
ナギの声が追いかける
「はあい」
路地の中に消えていく声は明るかった
静かになった路地で
ナギはシオンを見つめた
「・・・変なやつ」
「そう?」
「普通辺境で他人助けなんてしない」
「そうなんだ」
「!!・・”そうなんだ”じゃない!」
ナギは頭を抱えた
この少女
本当に常識がズレている
でも・・・
悪いやつではない
たぶん・・・
シオンは空を見上げた
灰色の雲
冷たい風
崩れた街
それなのに
「・・・静かでいい街」
ナギが目を丸くする
「どこが?」
「騒がしくない」
「人がいないからね!?」
「落ち着く」
ナギは呆れて笑った
つい、自然に
その瞬間だった
シオンがじっとこちらを見る
「・・・なに?」
「今、笑った」
「はぁ!?」
「初めて見た」
ナギの耳が赤くなる
「うるさい!!」
シオンは少しだけ目を細めた
それはたぶん、
彼女なりの笑顔だった
風が吹く
くずれかけた建物の扉が
ぎい、と音を立てた
シオンの視線が止まる
古い木造の建物
看板は落ち
窓も割れている
けれど
「・・・ここ」
シオンはゆっくり近づいた
扉を押す
中には
ほこりをかぶった棚
乾いた薬草
割れた瓶
ナギが眉をひそめる
「ただの廃屋でしょ」
「違う」
シオンは棚を撫でる
その指先はどこか懐かしそうだった
「昔、薬屋だった」
沈黙
窓から差し込む夕日が
埃を金色に照らしている
「誰かの家?」
「こんなところ、誰も住めないだろう!?」
シオンは静かに言った
「・・・よし
ここを使おう」
ナギは絶句した
「いやいやいや 待って!」
「住むの!?」
「うん」
「屋根、あな空いているけど!?」
「全部は落ちていない」
「基準どうなっているの!?」
シオンは真剣な顔で店内を見回す
「棚は直せる」
「水場も近い」
「風通しも悪くない
あと、日当たりがいい」
ナギはしばらく黙ったあと
深くため息を吐いた
・・・・本当に
変なやつだ
でも
この冷たく終わった街で
初めて
何かが始まりそうな気がした




