第二話
ナギは警戒したままその場に座り込んだ。
いつでも逃げられるよう、足に力を入れながら。
シオンは薬箱から小さな瓶を取り出す。
透明な液体が入っていた。
初めて見るそれにナギは体を固くした。
「なにそれ」
「消毒薬」
「・・・・どく、じゃないよね」
「飲んだらおなか壊す」
「そういう意味じゃない!」
シオンは小さく首を傾けた
「変な人って言われない?」
「よく言われる」
2回目だった。
ナギは深いため息をつく。
その間にも、シオンは手際よく包帯を外していく。
傷口が見えた瞬間、眉がぴくりと動いた。
思ったよりひどい・・
腫れ、熱、そして膿の色
あと少し遅ければあぶなかった
「・・・なんでこんなになるまで放置したの」
シオンは理解できない感じでつぶやいた。
「薬なんか買えない」
「倒れたらもっと困る」
「だから!」
ナギが声を荒げる。
「そんな簡単に言うな!!」
霧の中に、その声が響いた
シオンは黙る
ナギはうつむいたまま拳を握りしめていた
「薬師なんてみんな同じだ
・・・金持ちしか・・診ない
・・・・・・・獣人なんてあとまわし・・」
「・・家族だって・・・・・・」
そこまで言って、ナギは口を閉じた。
シオンは何も聞かなかった。
ただ、静かに消毒液を布へ染み込ませる
「しみる」
「・・・え」
ナギは意味が分からなかったが
「今から」
次の瞬間
「っっっっ!!!!?」
ナギが飛び上がった
「痛ぁぁぁぁ!!!!!」
「大声出せるなら元気」
「こんなの聞いていない!!」
「言った」
「”しみる”で済むレベルじゃないでしょ!!」
シオンは真顔のまま包帯をまいていく
手つきだけは驚くほどやさしかった
必要以上に触れない
でも、痛みが少なくなる位置を正確に選んでいる
ナギは少しだけ目を見開く
こんな風に扱われたことがあまりなかった
獣人は丈夫だから
そう言われて、乱暴に済まされることが多かった
シオンは包帯を結び終えると、小瓶を差し出した
「朝と夜、飲んで」
「・・・・苦い?」
「苦い」
「最悪」
「でも熱は下がる」
ナギは嫌そうな顔をしながら瓶を受け取る
「名前は?」
「シオン」
「わたしは、ナギ」
その時だった
遠くから悲鳴が聞こえた
子供の声
ナギが立ち上がる
「まずっ」
路地の奥
小さな獣人の子供が倒れていた
その周囲を黒い影が囲んでいる
霧狼
灰霧の辺境に棲む魔物だった
低い唸り声
子供は足を怪我しているのか、動けない
ナギが短剣を抜いた
「チッ」
数が多い
今の足では難しい
だが行くしかない
そう思った瞬間
隣をシオンが通り過ぎた
「は?」
「シオン!?」
シオンは薬箱を抱えたまま、霧狼へ近づいていく
武器も持たずに
「ちょ、待っ・・・」
霧狼が牙を剥いた
飛びかかる
その瞬間
シオンは地面へ、小さな粉袋を叩きつけた
白い煙が爆ぜる
霧狼たちが一斉に吠え、後退した
「え!?」
ナギが目を見開く
シオンは淡々と言った
「眠草と刺激草を混ぜた、
臭覚が強い魔物には効く」
霧狼たちは混乱し、そのまま霧の奥へ逃げていく
静寂
子供が震えながらシオンを見上げた
シオンはしゃがみ込み、目線を合わせる
「どこ痛い?」
その声はさっきよりずっとやわらかかった
ナギは呆然と立ち尽くす
薬師
なのに
戦わないのに
誰かを守っていた




