第二十一話
山の空気が変わっていた。
朝になったはずなのに霧はむしろ濃くなっている。
白い靄が木々の間を漂い音を吸い込んでいた。
静かすぎる。
ナギが小声で言う。
「……嫌な感じ」
リリも不安そうに耳を伏せる。
「こんな森の奥、初めて……」
シオンは地面を見ながら歩いていた。
泥。
足跡。
流れる水。
全部を観察している。
オルディスが横目で見る。
「何を探している」
「流れ」
「?」
「汚染された水の方向」
オルディスは少し黙った。
薬師というより学者に近い考え方だった。
シオンは立ち止まる。
「……こっち」
山道を外れ細い獣道へ入っていく。
ナギが顔をしかめた。
「ほんと勘だけで動いてない?」
「半分くらい」
「半分!?」
だが進むほど臭いが強くなる。
腐敗臭。
鉄臭さ。
そして、
薬品みたいな刺激臭。
オルディスの顔色が変わった。
「……この臭い」
「知ってるの?」
シオンが聞く。
オルディスは苦々しく答える。
「王都の研究棟で嗅いだ」
空気が重くなる。
リリが不安そうに呟く。
「研究って……何の」
オルディスは答えなかった。
代わりに歩く速度を速める。
やがて。
木々が開けた。
そこにあったのは――。
崩れた石造施設。
半分は山肌に埋まり、
蔦が絡み、
長く放置されていたのがわかる。
だが。
「……煙?」
ナギが目を細める。
建物の奥から薄く黒煙が上がっていた。
つまり。
誰かいる。
シオンは静かに入口へ近づく。
床には黒い液体が流れていた。
そして。
檻。
割れた薬瓶。
古い注射器のような器具。
リリが青ざめる。
「な、に……ここ」
オルディスが低く呟く。
「廃棄研究所……」
シオンの目が細くなる。
机の上には古い記録紙が散乱していた。
難しい文字。
薬品名。
魔物名。
そして何度も書かれている言葉。
《耐性強化》
《感染実験》
《霧狼群投与記録》
ナギが嫌悪感を隠さず言う。
「最悪……」
その時だった。
建物の奥から、
ガシャン、と音が響く。
全員が振り向く。
誰かいる。
シオンはゆっくり進む。
ナギが慌てて止める。
「待って!」
「罠かもしれない!」
「うん」
返事はする。
でも止まらない。
奥の部屋。
薄暗い研究室。
割れた窓。
崩れた棚。
その中央で――。
一人の少年が倒れていた。
銀色の髪。
細い身体。
年はシオンと同じくらい。
腕には黒い痣が広がっている。
「……生きてる」
シオンが駆け寄る。
少年はうっすら目を開けた。
赤い瞳。
ぼんやりとシオンを見つめる。
そして掠れた声で呟く。
「……逃げろ」
次の瞬間。
研究所全体が、
激しく揺れた。




