第二十話
ルーメンへ戻る道は、やけに長く感じられた。
夜明けの霧が少しずつ薄れていく中で、
誰もあまり言葉を発さなかった。
疲労もある。
だがそれ以上に山で見たものが重かった。
「実験……か」
ナギがぽつりと呟く。
「ほんとなら最悪じゃん」
ジークは前を向いたまま答える。
「“ほんとなら”じゃなくても厄介だ」
オルディスは何も言わない。
だが表情は硬いままだった。
シオンだけは歩きながらずっと考えていた。
薬。
毒。
水。
魔物。
全部が繋がっている。
でもまだ、足りない。
「……上流」
シオンが言う。
ジークが振り返る。
「まだ行く気か?」
「確認したい場所がある」
「どこだ」
シオンは地図も持たずに、
ただ山の方向を見た。
「もっと上」
ナギが顔をしかめる。
「いやいやいや、今戻ったばっかりでしょ!?」
「今わかった方がいい」
「体力って概念知ってる?」
「知ってる」
即答だった。
ナギは頭を抱える。
その時、
オルディスが静かに口を開いた。
「……一度戻るべきだ」
全員の視線が向く。
「負傷者がいる」
「情報整理も必要だ」
「今は動く時ではない」
理屈としては正しい。
だがシオンは少し黙ったあと、
首を振った。
「遅いと増える」
その一言で、
空気が変わった。
ジークが小さく笑う。
「……ああ、そういうタイプか」
ナギが呆れる。
「褒めてないからねそれ」
だがジークは続ける。
「こういうのはな、止まらねぇ」
「一度“原因”を見つけた奴は」
「見ないふりできなくなる」
ナギはため息を吐く。
「やめてよ変な理解」
その時だった。
後方から馬の蹄の音が響く。
全員が振り返る。
砂煙の中から現れたのは、
ルーメンの伝令だった。
息を切らしている。
「ジーク団長!!」
「大変です!」
ジークが眉をひそめる。
「何だ」
伝令は震える声で続けた。
「東区と西区で……」
「同時に倒れる人が出てます!」
空気が一気に凍る。
ナギの顔色が変わる。
「は!?今!?」
伝令は続ける。
「熱と咳、それに意識混濁が……!」
オルディスの表情が強張る。
「……進行が早い」
シオンは静かに目を細めた。
「間に合ってない」
ジークが即座に判断する。
「全員戻るぞ!」
だがその瞬間。
シオンが一歩前へ出た。
「私は行く」
ナギが叫ぶ。
「だからどっち!?戻るんでしょ!?」
シオンは振り返る。
その目は、
さっきまでと違っていた。
焦りでもない。
怒りでもない。
ただ静かな確信。
「原因、山にある」
「でも症状は街に出てる」
「今止めないと、間に合わない」
一瞬の沈黙。
そしてジークが剣を肩に担ぐ。
「……なら分担だ」
ナギが目を見開く。
「は?」
「俺は街に戻る」
「お前らは上流を行け」
オルディスが眉をひそめる。
「危険すぎる」
「どっちもだ」
ジークは即答した。
「なら分けるしかねぇだろ」
ナギはシオンを見る。
「ほんとに行くの?」
シオンは頷く。
「うん」
少し間を置いて、
「治す」
その言葉は短かった。
でも揺るがなかった。
ナギは大きく息を吐く。
「……わかった」
「もう止めない」
そして小さく付け加える。
「でも死ぬのは無しね」
シオンは少し考えてから答えた。
「努力する」
ナギは思わず笑ってしまう。
努力の問題じゃない。
でも――。
この変な薬師なら、
本当にやってしまいそうでもあった。
ジークは馬へ飛び乗る。
「じゃあな、上手くやれよ」
砂煙の中、
自警団は街へ戻っていく。
残ったのは、
シオン、ナギ、リリ、そしてオルディス。
四人は再び山を見上げた。
霧の奥。
まだ何かが、
動いている気配があった。




