第十八話
赤い瞳。
濁っているのに、
どこか苦しげだった。
巨大狼はシオンを見据えたまま低く唸る。
ぐるるるる……
空気が震えた。
ナギが地面へ転がりながら叫ぶ。
「シオン、逃げろ!!」
だが。
シオンは動かなかった。
逃げるより先に巨大狼の様子を見ていた。
呼吸が荒い。
毛の下に腫れ。
黒ずんだ血。
そして、
異常な興奮状態。
シオンの頭の中で可能性が組み上がっていく。
「……毒?」
オルディスが目を見開く。
「何だと」
「病気だけじゃない」
シオンは静かに呟く。
「水に何か混ざってる」
巨大狼が再び地面を蹴った。
一直線に突っ込んでくる。
ジークが割り込む。
剣が火花を散らした。
「っ、重ぇ!!」
押し切られる。
普通の魔物じゃない。
力が異常だった。
その瞬間。
シオンが薬箱を開いた。
ナギが叫ぶ。
「またそれ!?」
シオンは小瓶を掴む。
乾燥粉末。
油。
そして布。
手が迷わない。
「ジーク!」
「何だ!」
「三秒止めて!」
「無茶言うな!」
言いながらもジークは歯を食いしばる。
自警団も加勢する。
巨大狼の動きがほんの僅かに止まった。
その隙に。
シオンが火へ小瓶を投げ込む。
ボンッ!!
激しい閃光と煙が爆ぜた。
巨大狼が咆哮する。
目を焼かれ、
動きが乱れる。
「今!」
ナギが飛び出す。
狼獣人らしい鋭い跳躍。
巨大狼の背へ駆け上がり、
首筋へ短剣を突き立てた。
黒い血が飛ぶ。
だが。
「浅い……!」
硬い。
腐敗で皮膚が変質している。
その時。
オルディスが静かに詠唱した。
淡い緑光。
風が収束する。
「――穿て」
風刃。
巨大狼の傷口へ正確に叩き込まれる。
肉が裂けた。
ジークが吼える。
「シオン!」
「喉!」
シオンは即座に叫ぶ。
「そこが一番壊れてる!」
ジークが踏み込む。
全力の一撃。
剣閃が巨大狼の喉を断ち切った。
沈黙。
巨体が揺れる。
赤い目がゆっくりシオンを見る。
その瞳は。
怒りじゃなかった。
どこか、
苦しみから解放されたような――。
次の瞬間。
巨大狼は崩れ落ちた。
地面が震える。
静寂。
誰もすぐには動けない。
荒い息だけが響く。
ナギがその場へ座り込む。
「はぁっ……はぁ……」
「死ぬかと思った……!」
ジークも剣を地面へ突き立てた。
「化け物かよ……」
だがシオンは倒れた巨大狼へ近づいていく。
「おい!」
ナギが止める。
「まだ危ない!」
「確認したい」
「確認好きすぎるでしょ!!」
それでもシオンは止まらない。
巨大狼の身体を観察する。
黒い血。
腫れ。
腐敗。
そして。
「……やっぱり」
シオンの表情が変わる。
オルディスが近づく。
「何かわかったのか」
シオンは巨大狼の首元を指差した。
そこには不自然な傷跡があった。
噛み傷ではない。
細長い。
まるで――。
「……針?」
皆が息を呑む。
シオンは静かに言った。
「誰かが、これに何か入れてる」




