第十七話
炎は長く燃え続けた。
腐敗した霧狼も、
水路の魔物の死骸も、
黒い煙を上げながら焼かれていく。
夜霧の中に焦げた臭いが広がった。
誰もすぐには喋れなかった。
今見たものがあまりにも異常だったからだ。
死んだはずの魔物が動く。
水を汚し、
病を広げる。
ルーメンで起きていることはただの井戸問題ではない。
もっと深い。
もっと危険な何かだ。
シオンは炎を見つめながら考えていた。
腐敗。
感染。
異常な進行速度。
そして、
魔物の変質。
知っている病ではない。
でも――。
「止められないわけじゃない」
ぽつりと漏れる。
その声をオルディスが聞いていた。
エルフの薬師は静かにシオンを見る。
「……怖くないのか」
「?」
「未知の病だぞ」
普通なら逃げる。
隔離する。
関わりたくないと思う。
だがシオンは首を傾げた。
「怖いよ」
ナギが少し驚く。
シオンは続ける。
「でも放置するともっと増える」
「だから先に止める」
当たり前みたいに言った。
オルディスは黙り込む。
この少女は変だ。
薬師なのに地位にも金にも興味がない。
自分が危険でも病人を放っておけない。
まるで――。
街そのものを患者みたいに見ている。
その時。
ジークが炎の向こうを睨んだ。
「……静かすぎるな」
風が止まっていた。
虫の声もない。
山が息を潜めているみたいだった。
シオンも顔を上げる。
そして。
「……来る」
次の瞬間。
森の奥から凄まじい咆哮が響いた。
ォオオオオオオオオオ――!!
空気が震える。
リリがその場でしゃがみ込んだ。
「ひっ……!」
自警団にも緊張が走る。
ジークが低く吐き捨てる。
「冗談だろ……」
木々が揺れる。
重い足音。
一歩ごとに、
地面が軋む。
霧の向こうから現れたのは――。
巨大な狼。
普通の霧狼の数倍はある。
全身が黒く腐敗し、
片目は潰れ、
口から黒い液体を垂らしている。
だがその目だけは、
異様に赤かった。
「……主個体か」
オルディスが険しい顔になる。
ナギが短剣を握り直した。
「デカすぎでしょ……!」
ジークも剣を構える。
だがシオンだけはその魔物をじっと見ていた。
観察するように。
診るように。
そして小さく呟く。
「……苦しそう」
皆が一瞬止まる。
巨大な狼は怒り狂っているように見えた。
けれどシオンには違って見えた。
暴れているんじゃない。
壊れている。
病に蝕まれ苦しんでいる。
その瞬間。
巨大狼が咆哮と共に突進した。
地面が爆ぜる。
自警団が散開する。
ジークが正面から受け止めるが、
圧倒的に重い。
「ぐっ……!」
ナギが横から飛び込む。
だが巨大狼の尾が彼女を吹き飛ばした。
「ナギ!」
シオンが叫ぶ。
次の瞬間。
巨大狼の赤い目が、
真っ直ぐシオンを捉えた。




