第十六話
水路が、不気味に波打った。
ゴボ……ゴボリ……
まるで水の底で何かが呼吸しているような音。
全員の動きが止まる。
ジークが剣を構え直した。
「……なんだ」
シオンは松明を受け取りゆっくり水路へ近づく。
ナギが慌てた。
「ちょ、待って!」
「危ないって!」
「確認したい」
「だから危ないんだって!」
だがシオンは止まらない。
慎重に黒い水面へ光を向ける。
すると。
水の奥に何かが見えた。
巨大な影。
肉の塊のようなもの。
そして――。
「……死体?」
リリが青ざめる。
水路の奥には大型魔物の亡骸が引っかかっていた。
腐敗している。
腹は裂け黒い液体が流れ出していた。
周囲の水が濁っていた原因。
悪臭の原因。
病の原因。
オルディスが息を呑む。
「まさか……」
シオンは静かに観察する。
皮膚。
腐敗速度。
水の流れ。
そして、ある異変に気づいた。
「……変」
「何がだ」
ジークが聞く。
シオンは死体の裂け目を見る。
「これ、噛まれてる」
皆が凍る。
ナギが顔をしかめた。
「いや、魔物同士で食い合いとかあるだろ」
「違う」
シオンの声は静かだった。
「傷、大きすぎる」
「しかも腐敗が早い」
オルディスの表情が険しくなる。
「……何か別の存在がいると?」
シオンは答えず水を見つめていた。
その時。
ぐちゃり。
背後で嫌な音がした。
全員が振り向く。
倒したはずの霧狼。
その死体がゆっくり動いていた。
「っ!?」
ナギが息を呑む。
腐った肉が震え、
黒い液体が滴る。
目はもう濁っている。
なのに。
立ち上がった。
リリが悲鳴を上げる。
「う、動いてる……!」
自警団が後退する。
普通じゃない。
明らかに異常だった。
その瞬間シオンが叫ぶ。
「触らないで!」
全員が止まる。
シオンは真剣な顔で続けた。
「血と液体危ない!」
「傷口に入ると感染する!」
この世界に、
感染という概念は薄い。
だがシオンにはわかっていた。
これは病だ。
ただの魔物じゃない。
ジークが低く唸る。
「……どうすりゃいい」
シオンは周囲を見回した。
松明。
油。
乾いた枝。
そして即座に言う。
「燃やす」
オルディスが目を見開く。
「死体をか?」
「うん」
「今すぐ」
迷いがなかった。
腐敗と感染を止めるにはそれしかない。
霧狼が再び飛びかかる。
だが今度は。
ジークの剣が脚を断ち、
ナギが喉を裂き、
オルディスの魔法が動きを止める。
そこへ。
シオンが油瓶を投げた。
「火!」
自警団が松明を放る。
次の瞬間。
炎が一気に燃え上がった。
黒い炎ではない。
浄化するような激しい火。
腐臭が夜空へ昇っていく。
皆がその炎を見つめていた。
シオンだけが静かに呟く。
「……病気が街を壊すなら」
炎が揺れる。
その瞳に強い光が宿っていた。
「壊れる前に止める」
ルーメンの薬師は、
初めて“街の病”と向き合っていた。




