第十五話
自警団の松明が、一斉に構えられる。
霧の奥。
木々の間で赤い目がいくつも光っていた。
低い唸り声。
腐臭。
湿った足音。
ナギが短剣を抜く。
「……数、多い」
ジークも剣を構えた。
「囲まれてるな」
リリが息を呑む。
オルディスは静かに杖を握った。
その中でシオンだけが水路を見つめていた。
「シオン!」
ナギが焦った声を上げる。
「今そっちじゃない!」
「……うん」
返事はする。
でも視線は動かない。
シオンは水路の縁へしゃがみ込み、
黒い水を慎重に観察した。
血だけじゃない。
何かが混ざっている。
腐敗臭。
異常な濁り。
そして――。
「菌……?」
この世界に、
その言葉はまだない。
けれどシオンの知識は、
確かに危険を告げていた。
その瞬間。
霧の中から魔物が飛び出した。
狼型。
だが普通の霧狼ではない。
毛が抜け落ち、
皮膚が黒ずみ、
目が濁っている。
「っ、来るぞ!」
ジークが叫ぶ。
自警団が前へ出る。
激突。
剣と牙がぶつかる音が、
夜の山へ響いた。
ナギも駆ける。
傷の残る足で、
それでも素早い。
短剣が霧狼の横を裂く。
だが――。
「硬っ!?」
感触がおかしい。
肉が腐っているのに異様に力が強い。
しかも。
「ジーク!」
団員の一人が叫ぶ。
斬ったはずの霧狼がまだ動いていた。
普通じゃない。
空気が張り詰める。
その時。
「目と喉!」
シオンの声が飛ぶ。
全員が一瞬止まる。
シオンは水路の横から叫んでいた。
「そこ柔らかい!」
ジークが即座に動く。
剣閃。
霧狼の喉を正確に断ち切る。
今度こそ魔物が崩れ落ちた。
ナギが目を見開く。
「シオン!」
「腐敗して皮膚変質してる!」
「硬い部分避けて!」
オルディスの目が鋭くなる。
見抜いた。
戦っていないのに魔物の状態を観察している。
まるで病を診るみたいに。
霧狼たちはなおも襲いかかる。
だが。
「右!」
「次、後ろ!」
「その個体、脚悪い!」
シオンの声で、
自警団の動きが変わっていく。
ジークが低く笑った。
「はっ……!」
「面白ぇ薬師だ!」
戦場なのに。
まるで診察だった。
やがて最後の一匹が倒れる。
静寂。
皆が荒い息を吐く。
リリが震える声で呟いた。
「……終わった?」
「たぶんな」
ジークが剣を払う。
けれど。
シオンだけはまだ霧の奥を見ていた。
「……違う」
空気が変わる。
ナギが振り返る。
「え?」
シオンは静かに言った。
「これ、“逃げてきた”」
皆が息を呑む。
「本来の縄張りじゃない」
「水を避けてる」
オルディスが目を細めた。
「つまり」
シオンは水路の上流を見る。
霧のさらに奥。
山の深部。
「もっと大きな原因がある」
風が吹く。
腐臭が濃くなる。
その時だった。
――ゴボリ。
水路の奥で、
何か巨大なものが動いた。




