第十四話
夜の準備は、慌ただしく進んだ。
自警団が松明を集め、
水袋を用意し、
山道へ向かう支度を整える。
広場の空気は張り詰めていた。
もし本当に水源が汚染されているなら、
ルーメン全体の問題になる。
しかも病気が広がれば、
また種族間の争いが始まるかもしれない。
だからこそ、
止めなければならない。
シオンは広場の隅で荷物を整理していた。
薬草。
布。
小瓶。
乾燥保存食。
その横でナギが腕を組んでいる。
「……ほんとに行くんだ」
「うん」
「夜の山だよ?」
「原因早く見つけたい」
ナギは深くため息を吐いた。
知っている。
こういう時のシオンは止まらない。
困っている人がいると真っ直ぐ向かってしまう。
それが危なっかしい。
でも――。
少し羨ましくもあった。
迷いがないから。
その時、
シオンがふと顔を上げる。
「ナギ」
「なに」
「これ」
差し出されたのは小さな布袋だった。
ナギが受け取る。
「……何これ」
「虫避け」
「え」
「山の湿地、刺されやすいから」
ナギは目を瞬かせた。
自分の準備をしながら、
ちゃんと周囲のことも見ていたらしい。
シオンは淡々としている。
「あと傷口悪化しやすい」
「ちゃんと巻き直して」
ナギは少し黙った。
それから、
小さく笑う。
「……はいはい」
そのやり取りを、
少し離れた場所でオルディスが見ていた。
冷たい目のまま。
だがほんの僅かに眉が動く。
シオンは誰に対しても変わらない。
獣人にも、
エルフにも、
人間にも。
それが、
逆に理解しづらかった。
「出るぞ」
ジークの声が響く。
自警団の男たちが立ち上がる。
リリも小さく息を吸った。
そして一行は霧深い山道へ踏み出した。
ルーメン北側の山。
そこには古い水路と街の上流がある。
夜霧が濃い。
木々の間を冷たい風が抜け、
遠くで魔物の鳴き声が響く。
自警団が松明を掲げる中、
シオンだけは周囲をじっと観察していた。
地面。
植物。
水の流れ。
匂い。
ナギが横を見る。
「……何かわかるの」
「少し」
シオンはしゃがみ込み、
地面の泥を指で触れた。
「水、多すぎる」
「雨のせいじゃ?」
「うん。でも変」
オルディスが後ろから口を開く。
「何がだ」
シオンは水路を指差した。
「流れ、詰まってる」
皆がそちらを見る。
確かに一部の水が淀んでいた。
黒っぽく濁っている。
シオンは松明を借り、
ゆっくり近づく。
その瞬間。
ぴたり、と動きが止まった。
「……血?」
ナギの顔色が変わる。
水路の奥。
暗い岩陰から、
赤黒い液体が流れていた。
ジークが剣へ手をかける。
「全員下がれ」
空気が一気に緊張する。
霧の奥から、
低い唸り声が響いた。
ぐるるるる……
何かいる。
しかも、
一匹じゃない。
リリが青ざめる。
「……魔物」
シオンは静かに水を見つめていた。
血。
腐臭。
濁り。
そして。
「……病気」
小さく呟く。
その声に、
オルディスの目が鋭く細まった。
シオンはゆっくり顔を上げる。
「これ、ただの汚水じゃない」
霧の向こうで、
何かが動いた。




