↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
140/143

第百四十話

北へ向かう街道は、次第に細くなっていった。


 麦畑は減り、代わりに低い丘が増えていく。


 道端の草はまだ緑色をしていた。


 木々にも葉がある。


 けれど、季節の気配だけが薄かった。


 鳥の声が少ない。


 虫もほとんど飛んでいない。


 風は吹いているのに、どこか温度がない。


 アカネが肩を抱く。


「少し寒くなってきたね。」


 ナギが空を見上げる。


「北へ来たんだから、当然だろ。」


 ガルドが笑う。


「まだ冬じゃないぞ。」


 その言葉に、シオンが足を止めた。


「……冬?」


 三人が振り返る。


 シオンは周囲を見渡した。


 木々の葉。


 草。


 空。


 どれも冬には見えない。


 けれど、肌を撫でる風だけが妙に冷たい。


「冬じゃない。」


「でも。」


 シオンは胸元へ手を当てる。


「冬の匂いがする。」


     ◇


 夕方。


 四人は山あいの小さな町へ入った。


 町の入り口には、大きな木の門がある。


 その横に古い看板が立っていた。


 そこには、


 『雪解け祭りまで、あと三日』


 と書かれている。


 ナギが首をかしげた。


「雪解け祭り?」


「雪なんてどこにもないぞ。」


 ガルドが周囲を見る。


 確かに雪はない。


 道にも。


 屋根にも。


 山にも。


 それなのに町の人々は、皆どこか落ち着かない顔をしていた。


 広場では、大きな布を干している。


 赤や青、黄色。


 祭りに使う飾りだろう。


 その隣では、老人たちが木を削っている。


 子どもたちは小さな旗を持って走り回っていた。


 祭りの準備だけは、進められている。


     ◇


 シオンは一人の少女へ声を掛けた。


「お祭り?」


 少女は頷く。


「うん。」


「雪解け祭り。」


「雪、降ったの?」


 少女は不思議そうな顔をした。


「ううん。」


「今年はまだ。」


 シオンは黙った。


「去年は?」


「降ったよ。」


「一昨年も。」


「ずっと降ってた。」


 少女は少し寂しそうに笑う。


「でも今年は、まだなの。」


「もう祭りなのに。」


 シオンは空を見上げた。


 雪が降る気配はない。


 雲もない。


 けれど町の人々は、雪が降ることを信じて祭りの準備を続けている。


 その姿が、どこか切なかった。


     ◇


 宿の主人に話を聞くと、さらに奇妙なことが分かった。


「雪だけじゃありません。」


 主人は湯気の立つスープを四人の前へ置いた。


「この町では、季節が少しずつ遅れているんです。」


「春の花が咲くのが遅い。」


「夏の果物が実るのも遅い。」


「秋の葉も色づかない。」


「そして冬になっても……雪が降らない。」


 ナギが眉を寄せる。


「じゃあ、ずっと同じ季節なのか?」


「そういうわけでもない。」


 主人は首を横に振った。


「少しずつ変わるんです。」


「ただ、何かが足りない。」


 シオンが尋ねる。


「何が?」


 主人は答えなかった。


 代わりに窓の外を見た。


 そこには、小さな畑がある。


 畑の隅に一本の木が立っていた。


 葉は緑。


 けれど枝には、春の花も、夏の実も、秋の色もない。


 ただ、葉だけがある。


「……時間ですよ。」


 主人がぽつりと言った。


「この町では。」


「時間が、うまく流れていないんです。」


     ◇


 その夜。


 シオンは眠れなかった。


 宿の窓を開ける。


 冷たい風が入ってくる。


 遠くで鐘が鳴った。


 ――一つ。


 ――二つ。


 ――三つ。


 時計の音。


 町のどこかに、大きな時計塔があるらしい。


 シオンは音を追って宿を出た。


     ◇


 町外れ。


 古い時計塔が立っていた。


 塔の時計は、午前二時を示している。


 けれど、町の時計はすべて同じ時刻を指しているはずだった。


 シオンはしばらく見つめた。


 そして気づく。


 秒針が動いていない。


 分針も。


 時針だけが、ほんの少しだけ揺れている。


 まるで進もうとしているのに、進めない。


「……ここだ。」


 シオンが呟く。


 薬箱が震えた。


 カタン。


 蓋を開く。


 診療記録に新しい文字が浮かんだ。


患者名


 その下へ。


季節時計


 シオンは息を呑む。


 人ではない。


 神樹でもない。


 塔でもない。


 今度の患者は――


 季節そのものを動かしている時計だった。


 そして、その文字の下に。


 もう一行。


診療開始。


 時計塔の奥で。


 止まっていた歯車が、一度だけ。


 カチン。


 と音を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。