第百三十四話
青銅の扉がゆっくりと開く。
閉ざされていた空気が、長い眠りから覚めるように流れ出した。
ひんやりとした潮の匂い。
石の匂い。
そして、かすかに油の匂いが混じっている。
塔の中は円筒形だった。
中央には大きな縦穴があり、その周りを螺旋階段が上へ続いている。
見上げれば、天井近くまで幾重にも歯車が組まれていた。
大きな歯車。
小さな歯車。
青銅と白い石で作られた、美しい機構。
しかし、そのほとんどが止まっていた。
それでも一番奥では――
カチ……。
カチ……。
小さな歯車が、懸命に動き続けている。
まるで塔が眠りながらも、最後まで役目を果たそうとしているようだった。
◇
ガルドは目を輝かせる。
「……すごい。」
職人としての血が騒ぐ。
歯車一枚一枚を見上げながら、静かに歩く。
「これを作った奴は天才だ。」
シオンはその横で床へしゃがみ込んだ。
床石へ手を当てる。
耳を澄ます。
塔全体へ意識を向ける。
病人の呼吸を診るように。
しばらくして、静かに立ち上がった。
「ガルド。」
「うん?」
「歯車。」
「悪くない。」
ガルドが振り返る。
「本当か?」
「うん。」
「止まった理由。」
「別。」
◇
ナギは螺旋階段を駆け上がっていた。
途中で立ち止まり、上を見上げる。
「鳥の巣か……?」
塔の窓から流れ込んだ枝葉が、あちこちへ積もっている。
だが、それだけではない。
何本もの蔓が歯車へ絡みついていた。
「おーい!」
ナギの声が響く。
「上がひどいぞ!」
◇
ガルドは工具袋を抱え、階段を上る。
蔓を一本持ち上げる。
「なるほど……。」
蔓そのものは柔らかい。
しかし何年もかけて太くなり、歯車の隙間へ深く食い込んでいた。
無理に切れば、機械を傷める。
慎重に外さなければならない。
「任せろ。」
ガルドは笑った。
その目は久しぶりに職人の目になっている。
◇
一方、アカネは窓辺を調べていた。
差し込む光が弱い。
塔の外壁には塩が厚くこびりつき、小さな通風孔まで塞いでいる。
「シオン。」
「空気が入ってない。」
シオンは頷いた。
薬師として、その言葉がすぐ理解できた。
「呼吸。」
「浅い。」
人も。
神樹も。
この塔も。
呼吸ができなくなれば、本来の力は発揮できない。
◇
シオンは薬箱を開き、診療記録を見つめる。
文字がゆっくり浮かぶ。
診断
過労ではない。
慢性的な呼吸不足。
シオンは静かに本を閉じた。
「治る。」
短い一言だった。
その声に、ガルドが力強く笑う。
「よし。」
「それなら俺の出番だ。」
ナギは剣ではなく鉈を抜き、蔓を一本ずつ切り始める。
アカネは薬草で作った洗浄液を石壁へ吹きかけ、塩を少しずつ落としていく。
シオンは塔全体を歩きながら、皆へ指示を出す。
誰も一人では治せない。
けれど四人なら、この塔をもう一度呼吸させられる。
止まっていた小さな歯車が――
カチ。
ほんの少しだけ、さっきより軽やかな音を響かせた。




