表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
119/126

第百十九話

その日の午後。


 シオンは風神樹の周りをゆっくり歩いていた。


 一歩。


 また一歩。


 急がない。


 病を診るように。


 一本の木を診るように。


 世界そのものを診るように。


 ナギが後ろから尋ねる。


「何を探してる?」


「通り道。」


「通り道?」


 シオンは幹へ視線を向けた。


「血は。」


「血管を流れる。」


「風も。」


「流れる。」


 ガルドが腕を組む。


「風にも道があるってことか。」


 シオンは静かに頷いた。


     ◇


 神樹の周囲には、古い石畳が円を描くように続いていた。


 苔むした石。


 倒れた石柱。


 半ば土へ埋もれた石灯籠。


 かつては人々が祈りを捧げる場所だったのだろう。


 しかし今は、誰も手入れをしていない。


 いや。


 手入れをする者がいないわけではない。


 落ち葉は掃かれている。


 草も刈られている。


 それなのに、どこか寂しい。


 まるで長い時間、この場所だけが呼吸を忘れてしまったようだった。


 シオンは石畳へしゃがみ込む。


 指先で苔を払い、石の継ぎ目をなぞる。


「……あ。」


 小さく声を漏らした。


 ナギたちも近寄る。


「どうした?」


 石と石の間。


 幅にして指一本ほどの隙間に、小さな穴が開いていた。


 そして、その穴は一本ではない。


 等間隔に、ぐるりと神樹を囲むように並んでいる。


 ガルドが目を細める。


「排水用か?」


 シオンは首を振る。


「違う。」


「風。」


「風?」


 シオンは落ち葉を一枚拾う。


 穴の前へ置く。


 葉は動かない。


 次に、穴へ細い草を差し込んでみる。


 草の穂先も揺れない。


 けれど。


 シオンは耳を近づけた。


 しばらく目を閉じる。


 そして、小さく呟く。


「……詰まってる。」


     ◇


 ガルドは腰の道具袋から細い金属棒を取り出した。


「これで探ってみる。」


 慎重に穴へ差し込む。


 数寸ほど入ったところで、棒が止まった。


「硬いな。」


 石ではない。


 木でもない。


 何かが奥で塞いでいる。


 ガルドは棒を引き抜く。


 先端には、灰色の粉のようなものが付着していた。


 シオンはそれを受け取り、指先でそっと擦る。


 さらりと崩れる。


 土ではない。


 灰でもない。


「……診療所で見たことがある。」


 ナギが驚く。


「知ってるのか?」


 シオンは少し考え込んだ。


「病気じゃない。」


「でも。」


「健康でもない。」


 その表現に、アカネが首を傾げる。


「それって……どういうこと?」


 シオンは粉を薬包紙へ包み、大切に薬箱へしまった。


「調べる。」


「決めつけない。」


 薬師は、見た目だけで診断しない。


 確かな証拠が集まるまで、答えを急がない。


 それが師から教わった教えだった。


     ◇


 夕暮れ。


 風神樹は、変わらず静かに立っていた。


 だが、その根元には。


 誰も気づかなかった小さな異変があった。


 シオンが落ち葉をどけた場所。


 石畳の隙間から、ほんのわずかに。


 「スッ……」


 細い風が吹き抜けた。


 それは一瞬だけ。


 本当に一瞬だけだった。


 風神樹は、まだ生きている。


 そして。


 ほんの少しだけ、自ら呼吸を取り戻そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ