表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
118/123

第百十八話

シオンは湖畔へしゃがみ込んだ。


 鏡のような湖面へ、そっと手を伸ばす。


 指先が水へ触れる。


 ひやりと冷たい。


 けれど、その冷たさは不自然ではない。


 山から流れる湧き水なら、このくらいの温度だろう。


「水は元気。」


 ぽつりと呟く。


 ナギが辺りを見回した。


「木も枯れてねぇ。」


 ガルドも幹へ手を当てる。


「虫食いもねぇな。」


 アカネは空を見上げる。


「空も晴れてる……。」


 誰が見ても、美しい森だった。


 だからこそ分からない。


 なぜ風だけが失われたのか。


     ◇


 シオンは薬箱を開く。


 取り出したのは、小さな木製の筒だった。


 片方は細く、片方は丸く広がっている。


 ナギが首を傾げる。


「それは?」


「聴診器。」


 ガルドが目を丸くする。


「そんな道具まであるのか。」


 シオンは頷いた。


「音を聴く。」


 木で作られた素朴な聴診器。


 王都の薬師たちが使っていたものを、ガルドが改良した一品だ。


 金属ではなく木で作られているため、この世界の技術にもよく馴染んでいる。


 シオンはゆっくりと風神樹へ近付いた。


 銀色の幹へ、そっと丸い方を当てる。


 耳を澄ませる。


 静かだった。


 あまりにも静かだった。


 炎神樹では、大地を流れる炎脈の鼓動が聞こえた。


 ドクン。


 ドクン。


 命の音があった。


 しかし。


 風神樹からは。


 何も聞こえない。


 シオンは眉を寄せる。


「……。」


 ナギが心配そうに尋ねる。


「どうだ?」


 シオンは答えなかった。


 もう一度、位置を変える。


 幹。


 枝。


 根元。


 何度も聴く。


 そして。


 ようやく聴こえた。


 ――……


 かすかに。


 本当にかすかに。


 何かが流れる音。


 シオンは目を開いた。


「いた。」


「え?」


「風。」


 アカネが思わず聞き返す。


「風が……中に?」


 シオンは頷く。


「流れてる。」


「でも。」


「出られない。」


 全員が風神樹を見上げた。


 葉は相変わらず一枚も揺れない。


 けれど、その内側では。


 確かに風は生きていた。


 ただ、閉じ込められている。


     ◇


 そのときだった。


 社の縁側に座っていたフウカが、ふいに立ち上がる。


 ゆっくりと湖へ歩き出した。


「フウカ!」


 アカネが声を掛ける。


 少女は振り返らない。


 湖のほとりまで行くと、静かに両手を差し出した。


 風を受け止めるような仕草。


 けれど。


 そこには何もない。


 それでもフウカは、悲しそうに目を閉じた。


 シオンはその姿を見つめる。


 薬では治せない病もある。


 けれど。


 薬師だから治せない、と決めることもしない。


 シオンは静かにフウカの隣へ立った。


 そして同じように、両手を空へ向ける。


 何も感じない。


 ……はずだった。


 その瞬間。


 指先を、ほんの一筋だけ何かが撫でた。


 髪の毛一本ほどの、かすかな風。


 それはすぐに消えた。


 だが、シオンは確かに感じた。


「まだいる。」


 フウカが初めてシオンを見る。


 大きな翠色の瞳が、わずかに揺れた。


 その瞳は、まるで問いかけているようだった。


 ――本当に、聞こえたのですか。


 シオンは静かに微笑み、小さく頷いた。


「迎えに行こう。」


 その言葉に、フウカの瞳へ初めて、小さな希望の光が宿った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ