第百十話
三日後。
港町には。
久しぶりに市場が戻っていた。
魚を売る声。
子どもたちの笑い声。
パンの焼ける香り。
三年間。
止まっていた時間が。
ようやく動き始める。
「シオン!」
元気な声が響く。
振り返ると。
ホタルが走ってくる。
赤い髪を揺らしながら。
もう炎に縛られていない。
普通の少女の笑顔だった。
「見て!」
両手いっぱいに抱えているのは。
小さな花の苗。
白い花。
火山の頂に咲いていた花と同じだった。
「町のみんなで育てるの!」
シオンはしゃがみ込む。
葉を一枚。
そっと撫でる。
「元気」
ホタルは嬉しそうに頷いた。
「うん!」
「炎竜さんがね」
「この花は火山の体温なんだって」
火山が元気なら。
花は咲く。
花が咲けば。
町の人も笑う。
そんな花だった。
その頃。
港では。
アカネが子どもたちへ剣を教えていた。
「そうそう」
「力じゃなくて」
「足から」
昔。
近衛騎士たちから教わったことを。
今度は自分が伝えている。
バルドは少し離れた場所で。
腕を組み。
満足そうに頷いていた。
「立派になられた」
隣では。
カインが市場を歩いている。
まだぎこちない。
何をすればいいか分からない。
すると。
八百屋のおばあさんが声を掛けた。
「兄ちゃん」
「荷物持ってくれない?」
カインは驚く。
「ぼくが?」
「そうだよ」
「暇そうだから」
思わず笑ってしまう。
「はい」
荷物を持つ。
それだけのこと。
でも。
誰かの役に立つ。
そんな普通の一日が。
カインには初めてだった。
その様子を見て。
ヴェルグは遠くから静かに微笑んでいた。
まだ町へは入らない。
自分には早い。
そう思っている。
しかし。
シオンは迷わず近づいた。
紙袋を差し出す。
「パン」
ヴェルグは目を丸くする。
「私に?」
「うん」
「朝ごはん」
それだけだった。
ヴェルグは受け取る。
まだ温かい。
焼きたての香り。
千年前。
彼女と半分こしたパンを思い出す。
「ありがとう」
小さく笑う。
その笑顔を見て。
ナギは隣で呟いた。
「少しだけ」
「人間らしい顔になったな」
ヴェルグは照れたように苦笑する。
ヴェルグは紙袋を受け取る。
まだ温かい。
焼きたてのパンの香り。
千年前。
花畑で彼女と半分に分け合ったパンを思い出す。
「ありがとう」
小さく笑う。
その笑顔を見て。
ナギは腕を組みながら呟く。
「少しだけ」
「人間らしい顔になったな」
ヴェルグは照れくさそうに苦笑した。
その時。
ホタルが市場の向こうから駆けてくる。
「シオン!」
「見て!」
小さな植木鉢を抱えている。
そこには。
火山の頂で見つけた白い花が。
一輪だけ。
風に揺れていた。
「もう咲いたよ!」
シオンはしゃがみ込み。
花びらへそっと触れる。
「元気」
ホタルは嬉しそうに笑った。
「うん!」
「みんなで育てるんだ」
火山だけではない。
町にも。
人の心にも。
少しずつ。
春が戻り始めていた。




