第百九話
朝日が昇る。
長い夜が終わった。
火山を覆っていた黒い雲は薄れ。
東の空が朱色に染まる。
港町にも。
久しぶりの朝日が差し込んだ。
「朝だ……」
ホタルが目を細める。
三年間。
炎核に囚われていた彼女は。
朝日を見ることさえできなかった。
アカネも空を見上げる。
「きれい……」
涙が頬を伝う。
それは悲しみではない。
ようやく迎えられた。
希望の朝だった。
港では。
町の人々が火山を見上げていた。
「あの煙……」
「黒くない」
火山から立ち上る煙は。
淡い白色へと変わっていた。
恐怖の象徴だった山が。
少しずつ命を取り戻している。
その頃。
炎脈では。
灰の騎士たちの身体から。
最後の黒い泥が消えていた。
バルドが深く頭を下げる。
「姫様」
アカネは首を振る。
「もう姫じゃないよ」
少し照れくさそうに笑う。
「アカネでいい」
バルドも笑った。
「では……アカネ様」
結局変わらない。
皆が笑う。
久しぶりに。
火山へ笑い声が響いた。
その少し離れた場所では。
カインが一人。
炎竜を見上げていた。
「先生は……」
ゼノは姿を消していた。
戦って逃げたわけではない。
誰にも気づかれず。
静かに去っていた。
カインは拳を握る。
「僕は……」
「これから」
「どうすればいい」
シオンは隣へ立つ。
「歩く」
短い答え。
カインは苦笑する。
「それだけ?」
「うん」
「迷っても」
「止まらない」
その言葉を聞いて。
カインはゆっくり頷いた。
「……ありがとう」
初めてだった。
誰かに。
未来の話をされたのは。
炎竜が翼を広げる。
黄金の光が。
火山全体を包み込む。
『薬師』
『礼を言う』
『お前は炎を救った』
シオンは首を横に振る。
「違う」
「みんなで」
ホタルを見る。
アカネを見る。
ナギを見る。
ノアを見る。
カインを見る。
そして。
ヴェルグを見る。
「一人じゃ治せない」
炎竜は静かに微笑んだ。
『だから薬師なのだな』
その時。
シオンの薬箱が。
小さく震える。
カタン。
世界樹の診察記録が開く。
新しい一頁。
そこには美しい文字で。
こう記されていた。
患者名 炎神樹
状態 治療継続中
予後 希望あり
その下に。
小さな文字が一行。
担当薬師 シオン
シオンは少し困ったように首を傾げる。
「一人じゃないのに」
すると。
文字がゆっくりと書き換わった。
担当
シオンと、その仲間たち
ナギが思わず笑う。
「ようやく分かってくれたな」
皆の笑顔が重なる。
その笑顔を見つめながら。
ヴェルグは胸の奥で、小さく誓った。
「今度こそ……」
「約束を守ろう」
花畑で交わした。
あの日の約束を。
その誓いとともに。
火山の頂には、一輪の白い花が静かに咲いた。
それは千年前に絶えたはずの花。
誰かが諦めなかったからこそ。
再び世界に咲いた、小さな希望の花だった。




