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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

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第百八話

若木が芽吹く。


その瞬間。


炎脈を吹き抜ける風が変わった。


熱いだけではない。


どこか。


春を思わせる優しい風。


ホタルが顔を上げる。


「風が笑ってる」


誰にも聞こえないほど小さな声。


しかし。


炎竜は静かに頷いた。


『命の風だ』


『千年ぶりだ』


その言葉に。


ヴェルグは空を見上げた。


春の風。


もう二度と感じられないと思っていた。


あの日。


花畑で吹いていた風と。


どこか似ていた。


「……」


言葉が出ない。


胸の奥が熱くなる。


シオンはヴェルグの様子を見ていた。


「少し」


「顔色よくなった」


ナギが思わず吹き出す。


「そこを見るのか」


シオンは不思議そうに首を傾げた。


「患者だから」


当たり前のように答える。


ヴェルグは小さく笑った。


「千年間」


「誰にも顔色なんて言われたことはない」


「みんな」


「私が悪かどうかしか見なかった」


シオンは静かに答える。


「病気は」


「悪い人だけがなるものじゃない」


静寂。


その言葉は。


ヴェルグだけではなく。


カインにも届いた。


アカネにも。


ホタルにも。


灰の騎士たちにも。


「だから」


「治す」


たった一言。


それだけだった。


その時。


世界樹の診察記録が。


ふわりとページを開く。


今度は文字ではない。


一枚の白紙。


何も書かれていない。


シオンが首を傾げる。


「空っぽ」


炎竜が静かに言う。


『違う』


『これから書かれるページだ』


ホタルが目を輝かせる。


「未来?」


『ああ』


『診察記録は』


『終わった物語を書く本ではない』


『救われた命を書き残す本だ』


シオンは白紙をそっと撫でた。


「じゃあ」


「まだ終わってない」


その言葉に。


世界樹の葉が一枚。


ページの上へ舞い降りる。


すると。


黄金色の文字が。


ゆっくりと浮かび始めた。


『治療中』


その三文字だけだった。


ナギが笑う。


「まだ入院中ってことか」


シオンも少し笑った。


「うん」


「退院はまだ」


炎竜が穏やかに目を閉じる。


ホタルも笑う。


ヴェルグも。


ほんの少しだけ。


口元を緩めた。


しかし。


その穏やかな空気を切り裂くように。


世界のどこかから。


低く。


重い鐘の音が響いた。


ゴォォォン――。


一度。


二度。


三度。


炎竜がゆっくりと目を開く。


その表情から。


笑みが消えていた。


『始まったか……』


アカネが不安そうに尋ねる。


「何が?」


炎竜は静かに答えた。


『五つ目の神樹が』


『助けを呼んでいる』


炎神樹の治療は、まだ終わっていない。


だが世界は、次の患者を静かに待っていた。

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