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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

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第百五話

黒い線。


少女の胸から。


ゆっくりと広がっていく。


一本。


また一本。


まるで。


根が張るように。


若きヴェルグは駆け寄った。


「しっかり!」


少女を抱き起こす。


呼吸は浅い。


額には冷たい汗。


瞳から光が消え始めている。


薬師として。


まず脈を診る。


手首へ指を添える。


速い。


不規則。


今まで経験したことのない脈だった。


ヴェルグは薬草袋を開く。


解熱薬。


鎮痛薬。


炎症を抑える薬。


一つ。


また一つ。


迷いなく使う。


だが。


効かない。


何一つ。


効かなかった。


少女は苦しそうに笑う。


「ごめんね」


ヴェルグは首を振る。


「謝るな!」


必死だった。


もう一度。


脈を診る。


瞳を見る。


呼吸を聞く。


何度も。


何度も。


診る。


しかし。


病名が分からない。


原因も分からない。


薬師として。


初めてだった。


診断できない病。


その時。


映像を見ていたシオンが小さく呟く。


「苦しかったね」


その一言は。


千年前のヴェルグへ向けられたものだった。


今のヴェルグは。


目を閉じる。


「ああ」


静かな返事。


「何もできなかった」


初めて。


弱さを認める声だった。


映像は続く。


若きヴェルグは。


少女を抱え。


町中を走る。


神官。


治癒師。


精霊術師。


賢者。


会える者すべてを訪ねた。


「助けてくれ!」


「誰でもいい!」


だが。


誰も答えられない。


「こんな病は知らない」


「初めて見る」


「……すまない」


その言葉だけが積み重なる。


ヴェルグの足取りは。


少しずつ重くなっていく。


ホタルは涙を流していた。


「一人じゃないのに……」


「どうして誰も助けられなかったの……」


炎竜が静かに答える。


『初めての病だった』


『世界に知る者がいなかった』


シオンは診察記録を見つめる。


そして。


一つのページに目を止めた。


そこには。


誰かの筆跡で。


短く書かれていた。


『病は悪ではない』


『分からないことは、恥ではない』


『諦めることだけが、薬師の敗北である』


シオンはその言葉を。


静かに読み上げた。


ヴェルグは驚いたように顔を上げる。


「その文字は……」


少し震える声。


「私の師匠の字だ」


静寂。


シオンは微笑んだ。


「いい師匠」


ヴェルグも。


ほんの少しだけ笑う。


「ああ」


「世界で一番の薬師だった」


しかし。


その笑顔は長く続かなかった。


映像の空が。


突然。


真っ黒に染まる。


世界樹が。


初めて悲鳴を上げる。


ゴォォォォン――!!


大地が裂ける。


花畑が枯れる。


少女の身体から。


黒い光が天へと噴き上がった。


世界樹の診察記録は。


最後に。


たった一行だけを映し出す。


『この日、虚無は世界へ生まれ落ちた。』

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