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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

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第百一話

『最初の患者』


その文字を見た瞬間。


シオンは世界樹の診察記録を見つめた。


文字はすぐに消えた。


まるで。


「今は口にするな」と伝えるように。


シオンは静かに本を閉じる。


そして。


ヴェルグを見上げた。


「診てもいい?」


静寂。


火山全体が静まり返る。


ナギが思わず額を押さえる。


「……そこへ行くのか」


ジークも苦笑する。


「本当にぶれないな」


ヴェルグは。


しばらく何も言わなかった。


風だけが吹く。


灰が舞う。


やがて。


小さく笑った。


「君は変わっている」


「よく言われる」


シオンは素直に頷く。


その返事に。


ヴェルグは少しだけ肩の力を抜いた。


「薬師」


「もし私を診れば」


「君は私を止めたくなる」


シオンは首を傾げる。


「違う」


「治したくなる」


また。


その答えだった。


ヴェルグは空を見上げる。


灰色の雲。


千年間。


見続けた景色。


「……そうか」


その時。


アルヴァが前へ出る。


『何を話している!』


『奴は敵だ!』


怒りが収まらない。


当然だった。


友を失い。


世界を壊され。


千年間。


封印され続けた。


許せるはずがない。


ヴェルグはアルヴァを見る。


「怒っていていい」


「それだけのことをした」


否定しない。


言い訳もしない。


その姿に。


アルヴァは逆に言葉を失った。


もっと反論されると思っていた。


もっと憎まれると思っていた。


だが。


ヴェルグは。


すべて受け止めていた。


まるで。


自分を裁き続けているように。


シオンは静かに尋ねた。


「誰か死んだ?」


その問いに。


ヴェルグの身体が固まる。


仮面の奥の瞳が。


大きく揺れた。


「……どうして」


「そう思う」


シオンは少し考えてから答えた。


「そういう目だから」


「助けられなかった人がいる目」


静寂。


誰も。


何も言えなかった。


炎竜も。


ホタルも。


ノアも。


息を呑んでいた。


そして。


ヴェルグは。


ゆっくりと仮面へ手を掛ける。


カチリ。


小さな音。


ゼノが目を見開く。


「お待ちください!」


しかし。


ヴェルグは止まらない。


千年間。


誰にも見せなかった素顔。


仮面が外れる。


長い黒髪。


整った顔立ち。


だが。


左目には。


黒い亀裂が走っていた。


まるで。


虚無そのものが。


身体へ食い込んでいるように。


アカネが息を呑む。


ホタルは涙を流した。


「痛そう……」


シオンも同じことを思った。


「うん」


静かに頷く。


ヴェルグは左目へ触れる。


「これは」


「千年前の傷だ」


「今も少しずつ広がっている」


世界樹の診察記録が。


今度は誰の目にも見えるほど。


強く光り始めた。


そして。


新しい文字が。


ゆっくりと浮かび上がる。


『虚無侵食症・原初個体』


炎竜が目を見開く。


アルヴァも息を呑む。


ノアが震える。


つまり。


ヴェルグは。


最初の感染者だった。


そして。


その病は。


まだ終わっていなかった。

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