第十話
「だから言ったでしょ!!」
ナギの怒声が西区に響く。
シオンは井戸の横に座らされていた。
完全に保護対象だった。
「朝からまともに食べてないでしょ!」
「……食べようとは思ってた」
「思うだけじゃダメなの!」
獣人たちが笑いを堪えている。
さっきまで警戒していた空気が、
少しずつ和らいでいた。
年配の獣人の女性が、
木椀を差し出す。
「ほら、飲みな」
中には温かい粥が入っていた。
豆と麦を煮た簡素なもの。
でも湯気が立っている。
シオンは少し目を丸くする。
「……いいの?」
「井戸直してくれてんだろ」
女性はぶっきらぼうに言った。
「倒れられても困る」
シオンは木椀を受け取る。
「ありがとう」
静かな声だった。
一口食べる。
その瞬間、
ぴたりと動きが止まる。
ナギが不安になる。
「え、またまずかった?」
シオンは小さく首を振る。
「……おいしい」
西区の住民たちが顔を見合わせる。
そんなに大した料理じゃない。
辺境の貧しい食事だ。
けれどシオンは、
本当に嬉しそうだった。
年配の女性が少し照れくさそうに言う。
「大げさだねぇ」
「ほんと」
ナギも笑う。
シオンはこくこく食べ進める。
かなりお腹が空いていたらしい。
その様子を見て、
獣人たちの表情が少し柔らかくなる。
怖い人間ではない。
少なくとも見下している感じはなかった。
むしろ――。
変。
かなり変。
でも悪いやつじゃない。
その時だった。
「母ちゃん!」
小さな声が響く。
昨日シオンが助けた犬系獣人の男の子だった。
母親らしい女性へ駆け寄り、
それからシオンを見つける。
「あっ!」
ぱっと顔が明るくなった。
「薬師のおねえちゃん!」
周囲がざわつく。
子どもは興奮した様子で話し始めた。
「この人ね、魔物追い払ったの!」
「しかも足も治してくれた!」
「お金いらないって!」
シオンは少し困った顔になる。
「大声出さなくていい」
「なんで!?」
「恥ずかしい」
ナギが目を見開く。
「え、シオンって恥ずかしいとかあるんだ」
「ある」
真顔だった。
住民たちから笑いが漏れる。
空気が少しずつ変わっていく。
昨日まではよそ者の人間だった。
でも今は違う。
井戸を直し、
子どもを助け、
泥だらけになって働く薬師。
そんな人間を、
彼らは知らなかった。
すると。
人混みの後ろから、
低い声が響いた。
「……随分楽しそうだな」
空気が変わる。
振り返ると、
そこには大柄な男が立っていた。
片目に傷。
黒い外套。
腰には剣。
周囲の獣人たちが、
わずかに表情を硬くする。
「……ジーク」
誰かがつぶやく
ナギが眉をひそめた。
ジークはシオンをじっと見おろした。
鋭い視線。
試すような目。
「人間の薬師、ねぇ」
シオンも見返す。
数秒の沈黙。
それから静かに言った。
「肩、悪い?」
ジークの眉がぴくりと動いた。
ナギは思わず吹き出した。
「初手それ!?」
シオンは真面目だった。
「左肩、動き変」
ジークはしばらく黙っていたが、
やがて低く笑う。
「……面白ぇガキだ」
けれどその目は、
まだ笑っていなかった。




