天才とは1%のきっかけを掴む者だ
エレイナ フォン マクスヴェルは貴族だ。爵位こそないが、騎士団長マクスヴェルの名に恥じない誇り高い貴族だ。
僕はこの数か月、この姫騎士様に仕えて少しずつ彼女のことが理解できるようになってきた。
彼女は向上心の塊だ。野心家という言葉が似あう。父より劣る魔力を持つという欠点をものともせず、父と同規模の騎士団を取り戻した。それどころか、ここからさらなる高みを目指しているようだ。
彼女は虚飾を好まない。花より団子、ドレスより武器弾薬だ。
無駄な装飾よりも実を求めている。ただし、一発の弾薬より一着のドレスの方が、より多くの敵を倒せるというのなら、躊躇なくドレスに袖を通す、そんな性格だ。
目の前には国外から取り寄せた、目にも美しい菓子が並ぶ。
磨き上げられた食器、珍しく敷かれたテーブルクロス。
まるで貴族のお茶会だ。いや、正真正銘貴族のお茶会なのだが。
「ずいぶん煌びやかだな。それはうまいのか?」
ドレスをまとった、それはそれは美しいエレイナが現れた。どうも今日はドレスを使った戦があるようだ。
「エレイナ様ほどの華やかさはございません。今日は一段とお美しゅうございます」
アーデルハイトが答えた。
菓子のチョイスはアーデルハイトにお任せのようだ。エレイナはどうも菓子と花には興味がないようだ。にもかかわらず、そのようなものを命じてまで卓にそろえている。
どうも今日はとんでもない来客があるようだ。どこかのお姫様が来るのかもしれない。もしくはドレスで倒せるモンスターだ。
屋敷の前に一台の魔導自動車が停まった。セレブの自動車というよりは、ピックアップトラックのようだ。
エレイナが出迎える。僕も後を慌てて追う。
魔導自動車から、一人の少女が降り立った。
どんなお姫様が来るのか・・・と身構えていたが、どうも様子が違う。
「お、お招きいただき光栄です。同志エレイナ マクスヴェル」
その少女は燃えるような真っ赤な髪に、新緑の目を持つ、小柄な少女だった。
しかし、どこぞのお姫様にはどうも見えない。薄汚れたマントをかぶったその姿は、まるで労働者のようだ。エレイナの堂々とした立ち振る舞いと相反するように、緊張したような、おびえた姿で立っている。
「君も卓に着け」
従者であるはずの僕も、何故か卓を囲むことになった。
ずいぶんと奇妙なお茶会だった。卓を囲むは騎士エレイナとアーデルハイト、そして使用人の僕とご来賓の少女だ。
正装をしたエレイナは、立ち振る舞いも含めてまさに貴族のお嬢様だった。
それに対し、ご来賓はコチコチに緊張している様子で、茶にも手を付けない。
エレイナは何がしたいのだろうか?
変なところで不器用なお姫様だ。もし、この来賓が超重要VIPで、心の底からもてなしたいというのなら、取るべき行動はこれだ。
僕は誇り高き庶民らしく茶を飲み、菓子をあえてぼりぼりと音を立てて食べ始めた。うん、実にうまい。
「お客様も遠慮なさらずどうぞ」
僕に促されて、ご来賓はぎこちなく菓子に手を付けた。
エレイナにある気品は無い。やはりこの人はお姫様というわけではないようだ。おそらく平民だろう。エレイナは花より団子の性分、この人の身分ではなく、他の部分に多大な関心があると見えた。
「今日は紹介したい者が居てね。ヒラガ ジローだ。うちの新しい魔導技師だよ」
エレイナは来賓に僕を紹介した。
ご来賓は驚いたのかのどを詰まらせつつ、こう答えた。
「ビ、ビアンカ テスラです。 その、エレイナ様の支援の下、魔力の研究をしております」
「さて、今日はどのようなものを持ってきてくれたのかな?」
僕はまだ菓子を2,3しか頬張っていないというのに、エレイナは席を立ち、ビアンカのトラックに向ってしまった。
仕方がない。菓子は後でタッパーに詰めるとして、エレイナの後を追う。
「こここ、今回はその、魔力ではなくて申し訳ないのですが・・・ああ・・」
ビアンカが申し訳なさそうに弁解をしているのを気にも留めず、エレイナはトラックの荷台のシートを取り外した。
「・・・これは、エンジン・・・」
僕は思わずつぶやいた。
現代日本にあるような洗練されたものではないが、これは明らかにエンジンだった。
「こ、これは、水を沸かすことで発生する蒸気の力を使って、動力にする機械です。その試作機を作りましたので、献上に上がりました。魔力を生み出すものではなくて、も、申し訳ありません」
ビアンカは恐縮しっぱなしだ。
この蒸気機関を彼女が発明した・・・? だとしたら世紀の大発明じゃないか。
「ヒラガよ。この機械を君にあげたらどうするかね?」
エレイナの求めている答えが見えたぞ。
「この機械を使って、魔力を生み出します」
僕は一行を貯水池の水力発電所へ案内した。水力発電所は村の魔力需要に応えるため、拡張工事を進めているところだ。
「こちらが魔力を生成する装置です」
ビアンカの目の色が変わった。
「魔力の生成? 魔力とは魔導士が自然界に流れるエーテルを変換し生成するものと私は仮定しています。魔導士を介さないエーテルの変換とは、どのように行うのですか?」
ずっとどもっていたビアンカが、急に饒舌になったことに押されつつも、回答してあげた。
「えっとその、魔導士がどのように魔力を生み出しているのかは僕にはわからないのですが、魔導機は魔力を磁力に変換することで動いています。その逆をたどっているのです。この装置は、磁力を魔力に変換する装置です」
そしてこう続けた。
「例えばこれは変圧器という装置ですが、ここには流れの向きが1秒間に55回反転する魔力を与えています。魔力の変化量に呼応して、磁力が発生します。その磁力の変化量に応じて、再び魔力に・・・」
「それはすごい発見だ!!」
今までの挙動不審のビアンカはどこに行ったのか、声を張り上げてこう続けた。
「魔力は川の水の流れにたとえられることが多く、高いところから低いところへ流れるエネルギーであると考えられてきた。しかしその流れは一定方向である必要はなく、流れていること自体にエネルギーが宿っているということだ。そして流れる方向を変えることで、魔力量は常に変化を続けており、それが磁力に変換され続ける・・・波だ!エネルギーの波だ! そうですよね!?」
ビアンカの早口詠唱のような言葉がようやく止まった。
「やはり、いい引き合わせだったようだな」
エレイナは冷静に僕らにそう語りかけた。
「いいことを思いついた。ハイディ」
エレイナはアーデルハイトの方を向き、おもむろに手袋を外し、
「私と決闘しよう」
投げつけた。
「エ、エレイナ様・・・これは?」
アーデルハイトは目を白黒させている。
「一月後、魔導甲冑を使った決闘を行う。ヒラガはハイディの、そして私の甲冑はビアンカが改修する」
エレイナは高らかと宣言し、こう続けた。
「勝った方は負けた方になんでも好きなことを要求できることとしよう」
「つまりはロボコンですね!?」
僕は声高らかにこう叫んだ。
周りはポカンとしているが、高等工科専門学校卒の僕は心躍らせていた。
何年ぶりだろうかこのときめきは!ロボコンは僕の青春だ!アイディアを込めて、己の技術を込めて、そして最後は運を込めてリングに立つ。その時の緊張感は、人生で類するものがないほどだ。
ルールは、両腕と頭部に着けた3つのガラス瓶をすべて割った方が勝ちとした。
僕の提案した、陣地に配したボールを集めてゴールに入れた数で競う案は「なんだそのまどろっこしいのは」とエレイナに一蹴されてしまった。
かくして、この世界でも僕はロボコンに出場することとなった。
ひとまず僕とアーデルハイトは、自分たちの使用する魔導甲冑、すなわち先の戦いで鹵獲した戦利品のある格納庫へ向かった。
そういえば今まで、アーデルハイトと二人で話すことはほとんどなかった。
アーデルハイトはいつも、エレイナのSPのように横に立っている。エレイナと離れ離れになること自体が珍しい。
「アーデルハイトは魔導甲冑で戦った経験はありますか?」
「鍛錬なら積んでいるが、実践は無い。魔導甲冑は希少だ。私の元までは回ってこなかった。普段は騎馬で出陣していた」
「なるほど、騎馬のように扱える甲冑の方がいいですね」
「騎馬のような甲冑?」
アーデルハイトは訝しげだが、僕には試したい案があった。
まずは魔導甲冑の軽量化を図った。
この甲冑は両腕に大きな盾が付いているが、機動性を重視するアーデルハイトの戦い方には合っていない。防御力より機動性を重視したい。敵の攻撃など、当たらなければどうということはない。
「軽量化と関節動力の強化をしました。どうですか?」
僕は試乗中のアーデルハイトに問いかけた。
「ずいぶん動きやすくなった。しかし魔導甲冑の走行は図体のわりに遅く感じるな」
「それなら任せてください」
ここで僕の秘策の出番だ。この日のために開発した、超電導モーター。これにタイヤを付け、魔導甲冑の足裏にローラースケートのように装備した。
この世界の魔導機械は、直動運動に固執しすぎている。機械として扱うのなら、回転運動の方が断然効率がいい。
「どうですか?これで機動性は上がるはずですが・・・」
足裏のタイヤを使って、颯爽と駆け抜ける魔導甲冑・・・をイメージしていたが、どうもうまく動かないようだ。
「おい、このモーターというやつはどう使うんだ!私の足にこんなものは付いていない」
しまった。画期的な新しいアイディアには違いないが、新しすぎてユーザーが追い付いていない。この世界の魔導機が直動運動に固執していたのは、人の筋肉のイメージで駆動できるからだ。足裏のモーターを念で動かす方法なんて、僕にもわからない。
「エレイナならできただろうなぁ・・・」
ついぼそっと口から出てきてしまった。
「エレイナ様ならできるのか?」
アーデルハイトが食いついてきた。これは失言だったか。
「流石はエレイナ様だ。で、エレイナ様はどんな魔導をお得意とされているんだ?」
話が意外な方向に流れた。
エレイナの得意な魔導とは、精密制御だ。アーデルハイトと比較して、それがはっきり分かった。
おそらくアーデルハイトの魔導が、一般的な魔導士の扱うそれなのだろう。自分の手足のように大出力の電力を出力できる。僕らの世界からすると、夢のような業だ。
一方でエレイナの魔導は、とにかく出力が少ない、が、精密制御ができるインバーターのような魔導だ。先の戦闘でやって見せたように、すでに流れている電流を自在に制御することができる。
ならば敵の魔導機を無力化できるのではないかとも考えたが、どうもそれはできない。それはつまり、相手の出すエネルギーを打ち消すには、同じ量のエネルギーが必要なのだ。エレイナの魔導は魔力、すなわちエネルギーが極めて少ないのだ。
打ち消すことはできないが、流れを変えることはできる。そんな魔導だ。
「普通の魔導・・・と思うのですが、魔導機を手足のように制御しています。ですがエレイナはそれ以上に精密に動かすことができます。この超電導モーターには交番磁界という特殊な魔力を投入する必要があるのですが、それができるのはエレイナだけだったんですねぇ・・・」
「天は二物をお与えにならなかったか・・・無理もない。剣術は達人、軍師としても申し分なく、そしてあの美貌だ。そして不義理を働いた父の罪をお許しになっただけでなく、捕虜にも人道的配慮をなさる。あの方はきっと、人の姿をした女神なのだな」
ん?捕虜は最初処刑せよと言ってたぞ?
どうもアーデルハイトの中では、エレイナは神格化されているようだ。
「私にはその交番磁界とやらは作れない。なら、平民が扱う魔動機のように、操作で動かすことはできないのか?」
そうか!最近は魔導甲冑ばかり扱っていたからすっかり頭から抜けていたが、魔導士以外が扱う魔導機がこの世界には存在している。というかこの世界に来て最初に始めたのは、そんな機械の修理屋だった。
魔導機の扱い方には、大きく分けて2種類ある。
まずは魔導甲冑のように、魔導士が直接魔導機に魔力を込めて動かすものだ。
そしてもう一つは、畜魔瓶や魔導士から魔力の提供を受け、機械操作で動かすもの、つまりスイッチで動かすものだ。
スロットルを取り付けて、モーターはそれで動かせばいい。人体にないものなら、かえってその方が操作がしやすい。
しかし交番磁界を作るにはインバーターが必要だ。エレイナという名のインバーターが使えない以上、効率は落ちるがブラシを付けて整流するしかない。
今から改修か・・・間に合うかな。
「おっともうこんな時間だ。エレイナ様の剣の鍛錬が終わる。お召し替えのお手伝いをせねば。あの方は放っておくと、男の騎士どもに手伝わせることがあるからな。野郎がエレイナ様の美貌にあてられでもしたら大変だ」
ああ、貴重な人手が去ってしまう。
「アーデルハイト、この決闘に勝ったら、貴女はエレイナに何を望むのですか?」
「ふん、知れたこと。これまで以上の忠誠を誓うことをお許しいただくだけだ」
アーデルハイトは背中を向けたままそう語った。
「エレイナを好きにできるんですよ?」
アーデルハイトの足が止まる。
「親交を深める良い機会ではないですか?いろいろと・・・」
「し、しかし、エレイナ様の身を穢すなど・・・私にはっ!」
一体どこまで妄想しているのだろうか。やはりアーデルハイトの想いはただの忠誠だけではないようだ。
「いや、あの穢すとかではなくてですね、例えば鍛錬後のケアが必要と称してマッサージをして差し上げることを定例化するとか、風呂での垢すり役を引き受けるとか・・・」
アーデルハイトに悪魔のささやきを投げかける。僕もなかなか悪よのう。
「・・・夕食後、改修作業を手伝ってやらんこともないぞ」
アーデルハイトは冷静にそう答えたが、耳の先は真っ赤だった。
寝る間を惜しんでの作業は現実的ではない。
ものづくりにはスケジューリングと接点管理が重要だ。
残り時間から、いつまでに、どこまでできていなければならないかだ。
遅れが出る、想定外が発生するのは当然だ。だからスケジュール管理がある。
優先順位を決めて、進めるもの、あきらめるものの取捨選択が重要だ。
かくして、足への超電導モーター装着と、コクピットへのスロットル装備は完了した。
残り5日。
ここからは僕は武器を作り、アーデルハイトは習熟訓練を行う。
今回想定している戦闘スタイルは騎馬だ。車輪による高速移動に加えて、長い槍を装備する。
そして相手側のエレイナ陣営は、おそらく蒸気機関を使用した発電機を出してくるだろう。しかし、あの大きさでは魔導甲冑に搭載はできない。結局は今まで通り有線のはずだ。
ならば、こちらは機動力で圧倒できるはずだ。
武器はとにかく軽量化したい。従来は重い大剣を装備していたが、長い槍に換装する。これなら軽量化ができ、騎馬を模した魔導甲冑とも相性が良い。
しかし軽くなる分威力が落ちる。それを補うために、ソレノイドによるインパクトを仕掛けた。これで軽量ながら相手の装甲を貫くことができる。
相手の装甲を貫く・・・?
これはガラス瓶を砕くロボコンのつもりだったが、いつの間にか実践を考慮していた。
戦争は技術を飛躍的に発展させるという。エンジニアとは、罪深い職業なのかもしれない。
いよいよ決闘前日。魔導甲冑の最終メンテナンスを行う。入念にだ。
練習では緩まなかったボルトが、本番に限って緩む。そんなものだ。
「君は本当に仕事熱心だな」
深夜だというのに、アーデルハイトが格納庫へやってきた。
「命じられたから、仕事だから、ではないな。何が君をそこまで駆り立てているんだ」
「魔導機は、機械たちは製作者の実力を映す鏡です。自分で生み出した機械は、自分が何者で、何ができるのかを正直に映し出してくれます。それはどこに行っても変わりません。たとえ別の世界に行っても、自分の作り出したものを見ることで、自分を見失わないでいることができるのです」
会話というものは、自分の心の奥底から深層心理をくみ上げるのに役立つ。
今、自分自身の言葉で、自分が納得した。
この世界に来てから、魔導機作りに没頭していたが、それは自分が何者なのかを見失わないためだったんだ。
この異世界でも僕は、エンジニアとして存在している。それを今確かに実感した。
「私はてっきり、名誉や誇りにかけてと言い出すと思ったよ。我々貴族とは、考え方が違うようだな。今まで知らなかったが君は面白いな」
「僕の方こそ、アーデルハイトさんはもっとお堅い方と思ってました。エレイナへの忠誠心の塊と思ってましたよ」
「ハイディでいい。皆そう呼ぶからな。・・・エレイナ様とは、幼いころから交友があったんだ。父が不義理を働き、騎士団団長代理を自称するようになってからは、縁が切れてしまっていたがな」
二人は幼馴染だったのか。確かに同じ騎士団の主従の娘同士だ。交友があっても不思議ではない。
ハイディはこう続けた。
「幼いころからエレイナ様の魔力の弱さは、周囲から問題視されていた。しかしそんな弱みを補うように、エレイナ様は常に鍛錬を積んでいた。騎士団長たろうとしていた。しかし、現実に騎士団長となった時、周りは一斉に離反を始めた。私の父のようにね。それでもエレイナ様は動じなかった。騎士団を取り戻す手立てを探し続けていた。父の蛮行を止めることができなかった私とは大違いだよ」
ハイディはエレイナに対して、引け目とあこがれの両方の感情を抱いているようだ。
「そして何よりあの美貌。上品な空色の髪。凛々しく燃えるような真っ赤な瞳。鍛え抜かれた肉体美!」
流れ変わったな。
「本当・・・ 食べてしまいたい・・・」
なるほど、大丈夫ではない人だったか。そうかそうか。
かくして決闘前夜は、様々な欲望の中更けていった。




