戦場の歌姫
屋敷に戻ると、騎士団の兵士たちに集合がかけられていた。
ピリピリとした空気が漂う。
僕なんかは不安でいっぱいだが、どうも兵士たちは自信というか闘志というか、そのようなものに燃えているような眼をしている。
エレイナと、先ほどの甲冑姿の少女が現れ、登壇する。エレイナが声を張り上げた。
「忠勇なる我が騎士団の兵士諸君。これより戦が始まる」
僕にとっては悪い知らせが、兵士たちにとっては朗報が宣言された。
「この度、私の与り知らぬところで、我が騎士団に外敵討伐が命じられていたという。これまた私の知らぬ間に、我が騎士団のヘントリーが一軍を率いてこの任に当たっていたという」
エレイナの言葉には自虐と嫌味がふんだんに織り込まれていた。
要するに、騎士団長である自分を差し置いて、部下が任務を勝手に引き受けていたことに激怒しているのだ。
「しかし、騎士ヘントリーは討ち死に、軍は総崩れで退却を余儀なくされたという。
つまりは敵を引き連れてここまで逃げてくるから助けれほしいそうだ。
違いないな? アーデルハイト フォン ヘントリー殿」
壇上の少女はバツが悪そうだ。つまりは彼女がその騎士ヘントリーの娘なのだろう。
「村を防衛線とし、追撃してくる敵を迎撃する。私も魔導甲冑で出撃する」
驚く兵士たち。しかし誰よりも僕が驚いた。
「な、なにを言ってるんですか! 僕は魔導甲冑を動かせとは言われましたけど、戦わせるなんて聞いてませんよ」
エレイナはお構いなしに、ずいずいと甲冑のある格納庫へ向かっていく。
「甲冑なのだから戦わせるに決まっている。君の国では甲冑は戦わないのか?」
「いや、そりゃそうですけど、この魔導甲冑は有線で魔力を供給しているんですよ? ケーブルの長さは20m、つまりトロリー線から20mも離れることができないんですよ! 相手は自在に動けるのにどうやって戦うんですか!」
わずかな兵にわずかな武器。無謀な戦いにしか見えなかった。貴族の矜持とでもいうのだろうか。そんなもののために、命を懸けるというのか。
兵士たちはそれでいいのかもしれないが、巻き込まれる村人は一体どうなるんだ。
エレイナは梯子も使わずに、魔導甲冑のコクピットにひょいと飛び乗ってしまった。
騎士だけあって普段から鍛えているのか、身体能力は非常に高い。僕は運動不足の足腰を梯子に乗せ、ようやっとコクピットによじ登る。
「村人の無事を考えるなら、平和的に交渉で解決することはできないのですか?」
「何と言って交渉するんだね。『負けそうだから引き分けにしてよ』とでも言うのかね」
「・・・例えば降伏は考えられないのですか」
エレイナの手が止まる。
ようやく僕の声が届いたようだ。
「・・・君はこの私に、敵の前で裸踊りをしろと、それと同じことを言っているのだよ」
エレイナの声は怒りに震えていた。
「降伏すれば村人は何だというのだ。男を殺し、女を犯す、それを許すというのを降伏というのだよ。村人を差し出し、自分だけは助かりたいと言いたいのかね?」
僕はエレイナの気迫に圧倒されたじろぐ。
僕は戦争を知らない。
降伏して悲惨な戦争は終わった。学校ではそう習った。
ニュースでは、国の意地の張り合いで戦争が続いている。そんな風に言っていた。
どちらかが降伏をすれば、それで戦争は終わる。解決する。そう思っていた。
降伏した先に何があるのか、考えたこともなかった。そのことに今気が付いた。
「・・・魔導甲冑を自在に動かすのに必要な魔力は、貯水池の放水の力で生み出すことができます。
放水は10分ほどしか続きません。 魔導甲冑を十分に動かせるのは10分間だけです」
自分で口にすると、改めて無謀な状況だと思い知らされる。しかし、少しでも多くの情報をエレイナに伝えたかった。
彼女に生き残ってほしかった。
「なんだって!? 完璧じゃないか!」
エレイナは明るい笑顔で答えた。
魔導甲冑はゆっくりと動き出した。
今は川の流れの発電量で動いている。不十分な電力だ。足のいくつかのソレノイドだけが動いている。何とも弱弱しい足取りだ。とても戦えるとは思えない。
武器庫の扉が開き、魔導甲冑をまばゆい太陽光が包む。
「魔導甲冑だ!騎士マクスヴェルの魔導甲冑だ!」
兵士たちの大歓声が、エレイナを取り囲んだ。兵士たちの士気は最高潮に達していた。
「アーデルハイトよ、君は騎馬隊を率いて、別動隊として伏せておけ。私が敵を引き付ける。その隙に敵の側背より切り込みをかけよ」
エレイナは囮になるということか。
確かに魔導甲冑はよく目立つ。囮として使うなら最適だ。エレイナは自らを犠牲として、勝利をつかもうというのか。
エレイナを助けたい、しかし他にいい案が思い当たらない。僕は止めることも、助けることもできなかった。
村は逃げ出す人々でごった返していた。逃げると言っても宛などない。とにかく山の中へ逃げるしかない。
やがて、ヘントリー軍の敗残兵の一部が村に流れ着いた。すなわち、敵も近いということだ。
「なんて迷惑な・・・」
村人は口々につぶやいた。負傷し、命からがら逃げのびた兵士たちには少々気の毒だが、平和な村に戦を持ち込んだ彼らは、村人にとっては疫病神以外の何物でもなかった。
「敵は魔導甲冑3機、魔導自動車5両を中心とした、約1000人ほどの騎士団です。退却する我々を掃討しつつ、こちらに向かっています」
ヘントリー軍の兵は、息も絶え絶えにそう報告した。
「我々は山岳部であるこの村への籠城を目指しましたが、負傷兵を多く抱えるわが本隊は足取り遅く、山の斜面に差し掛かったところで敵に追いつかれました。敵は翼包囲に陣形を変え、我々の殲滅を目論んでいるようです」
村の外周には、一応の城壁がある。もともとマクスヴェル騎士団の本拠地。要塞としての機能もある。
ヘントリー軍はここに籠城することを目指していたが間に合わず、敵に包囲されつつある状況だ。
「よし、出陣の準備だ」
エレイナの言葉に一同は驚く。
「何を言い出すんですか! 魔導甲冑はトロリー線のある村の中でしか使えないんですよ?」
僕は思わず作戦会議に口を挟んでしまったが、兵士たちの意見もおおむね同じようだった。
「先代より仕える身として具申いたします。この村は要塞としての機能もございます。
敵の1000の兵力に対し、我々はわずか300。ここは村に籠城し、敵に疲労を強いたうえで、過日出撃させたアーデルハイト殿の別動隊に奇襲をさせるのが上策と考えます」
「それでは山のふもとにいる、ヘントリー軍の本隊を救うことができないではないか。彼らを救うことが、この戦の目的であるぞ」
エレイナは全く動じず、こう続けた。
「敵は3機の魔導甲冑を主軸に、3隊に分かれて翼包囲を形成している。
すなわち、兵力を分散しているのだ。であれば、我々は正面の1隊のみに対し、別動隊と呼応して挟撃、これを突破する。
これであれば兵力差は300対333で互角だ」
兵士はそれでも食い下がる。
「しかしそれでは、残りの2隊に背後に回られ、我々も包囲される危険があります」
「させないさ。
包囲網というものは連携が重要なのさ。相互に連携ができなければ、ただの烏合の衆さ」
エレイナはにやりと笑いこう言い放った。
「奴らに神の声を聞かせてやるさ」
城壁に置かれたカルバリン砲。
点火用のリンストックを持った兵士が横に立つ。
いよいよだ。ヘルメットのあごひもを締めなおす。
戦の、文字通りの火ぶたが切って落とされた。
ズドンという発射音が、夜も明けきらない村中に響き渡った。
貯水池の水が放出され、水車を勢いよく回す。
エレイナの魔導甲冑が立ち上がる。今までの弱弱しい動きではない、力強さがあった。
魔導甲冑は、屋敷の高台に飛び乗った。
村からも、ヘントリー軍からも、そして敵からもよく見える位置だ。
「敵の、マクスヴェル軍が動き出しました!」
我々はヘントリー軍の残敵掃討を、夜明けとともに行う予定でいたが、予想外の邪魔が入った。
我が軍の半分以下の兵力しかないマクスヴェル軍が動き出したというのだ。
てっきり籠城戦に持ち込むものとばかり思っていたが、敵の指揮官 エレイナ フォン マクスヴェルはよほど短気と見える。それとも血気盛んな部下も抑えられない、戦場知らずのお嬢様なのだろうか?
「ならば迎え撃つだけのこと」
俺は魔導甲冑に飛び乗った。
右翼左翼の両隊に、マクスヴェル軍の背後を取らせれば、ヘントリー軍とまとめて始末ができる。
「伝令を・・・ なんだ?」
魔導甲冑の様子がおかしい。
まるで甲冑が痙攣をおこしているように、ガチャガチャと音を立て始めた。
キイイイイイイイイン
突然魔導甲冑が、魔導自動車が奇妙な音を上げ始めた。
耳が、頭が痛くなる。
「なんだ!いったい何が起きている!」
その奇妙な音はやがて、音楽のように変わり始めた。
「聖歌だ・・・・」「神だ!エレキテル神の怒りを買ったんだ!」
兵士たちが狼狽し始めている。
聖歌のメロディは、魔導甲冑と魔導自動車から大音量で出続けている。
「閣下! わが軍の後背※×〇△・・・」
「なんだ!? 聞こえんぞ!」
兵士たちが敵陣を指さし、わめき始めた。今度はいったいなんだ!
視線の先には、魔導甲冑が、エレイナ フォン マクスヴェルが、朝日を背に聖歌を歌いながら村の大通りを歩む姿があった。
「ヴァルキューレだ・・・」
兵士たちのうろたえは深刻だ。
届きもしない銃を発砲するもの、その場に座り込み祈るものが出始め、収拾がつかない。
「体制を立て直せ!あれは女神でも何でもない!」
声を張り上げるが、伝令にも兵士たちにも届かない。
「閣下!」
側近が槍で俺の魔導甲冑を背後からたたく。
振り返った瞬間、側近の首が、真っ赤な血しぶきをあげて飛ぶのが見えた。
その血しぶきの中から、人影が、甲冑姿の少女が刀を構えて飛び込んできた。
見た顔だ。
「ヘントリーの娘!!」
「父の仇を! お覚悟を!!」
敵の騎士団長は討ち死にし、指揮系統は混乱を極め、兵士はすっかり戦意喪失。
敵軍は散々たる状態だった。
魔導機を持たぬたった300のマクスヴェル軍に、魔導機で武装された1000の敵軍が翻弄されているのだ。
逃亡するもの、降伏するものが相次ぎ、もはや軍として機能していない。
「インバーターサウンドだ・・・」
昔、メロディーを奏でる電車があった。
ステッピングモーターを使って、音楽を演奏する動画を見たことがあった。
それと同じことを、敵の魔動機を使ってやってのけたんだ。
そして新しく分かったことがある。
エレイナの魔力は、インバーターのように電力制御ができる能力なんだ。
敵の魔導士は、魔導機に大量の電力を流し込んでいる。その電力を逆手にとって、ノイズを走らせることでコイルの鉄心を可聴周波数で振動させ、大音量のスピーカーに仕立て上げたんだ。
魔導機には魔導士が、つまり指揮官が乗っているんだ。
それが音源になるわけだから、指揮系統は深刻なダメージを受けることになる。
エレイナの10分間のコンサートが終わると、勝敗も決していた。400ほどの敵が投降し、残りは討ち死にか逃走した。
アーデルハイトが討ち取った敵将の魔導甲冑は、鹵獲品となり、加えて敵魔導士が投降したことで、2両の魔導自動車も手に入れた。
次の課題は捕虜の扱いだ。自軍を超える数の捕虜を手に入れてしまった。彼らの多くはエレキテル神の信者だ。
聖地であるこの山に侵攻したことに対する恐れから、投降してきたのだ。
「貴族は捕虜交換と身代金に使う。その他は処刑だ」
エレイナはそう言い放った。
「待ってください!」
僕はまた作戦会議に口を挟んでしまった。
一介のエンジニアにそのような権利はないことは重々承知だが、口を出さずにはいられなかった。
「・・・彼らはエレキテル神を頼って投降してきました。エレイナの力を神の力と考えたのです。そんな彼らが反抗したりするとは思えません。無害であるなら、村の労働力として生かしておくことはできないでしょうか」
また怒られるだろうか。
しかし、エレイナの回答は意外にあっさりしていた。
「それもそうだな。よし、踏み絵をさせよう。踏んだものは牢に放り込んでおけ」
勝利してよほど機嫌がよいのか、それとも僕の功績を認めてくれたのか、ともかく捕虜虐殺は避けられた。
男手は貴重な労働力だ。村の生産能力に大きく寄与してくれるだろう。
かくして、村には再び平和が訪れた。
水力発電は民間利用され、街路灯やトロリートラックによる荷物の運搬に使用されている。労働者も増え、経済的にも大きく発展した。
しかしエレイナは、それをも利用してさらなる軍拡を進めている。
騎士団は直属の300人に加え、ヘントリー軍の残党500人、マクスヴェル騎士団再興を聞いて帰ってきた、かつての臣下600人の、総勢1400人ほどの規模に膨れ上がった。
エレイナはいったい何を目指しているのか。この少女の謎はまだまだ多い。
「さて、此度の戦いにおける君の功績は大きい。何が欲しい? 金か? 女か? 未亡人なら村にたくさんいるぞ」
この人に人権の何たるかを教えて差し上げたい。
「でしたら2点あります。僕の作り出す魔力の利権をいただきたいです。
魔力は貴族の独占販売とされており、名目上はエレイナの物としなければなりません。しかし、実利を僕にいただきたい」
ここはちゃっかりさせていただこう。
今は水力発電だけだが、もっと他の方法での発電アイディアもある。規模が小さい今のうちに、利権をいただくことにしよう。
「分かった。だが、租税は納めてもらおう。20%だ」
「5%!」
「いいや、15%」
「10%」
「よしそれで。で、もう1点とは何だ」
「引き続き、魔導機の改修をさせていただきたいのです」
これにはエレイナは少し驚いたようだった。
「てっきり私は、魔導機の改修をやめさせてほしいと言ってくると思っていたよ。君は戦と距離を置きたがっていたからね」
確かに戦争はもうたくさんだ。兵器の開発なんてしたくもない。魔力は民事利用されるべきなんだ。
しかし、戦闘用に作られた機械は美しい。
どんな兵器も、実用に最適化されている。そして、最新技術がふんだんに織り込まれている。
魔導機の改修を通じて、学ぶことは多くあったし、これを民事利用したいと思った。
しかしそれだけではなかった。
「エレイナ。あなたはあれだけ制約のあった魔導甲冑で、見事勝利を獲得しました。
しかし、魔導機の制約はエンジニアの未熟を表すものです。僕は、最後までこの魔導甲冑の面倒をみたいと、そう思ったのです」
エレイナはふっと笑う。
「それは私にとっても好都合だ。ぜひやってくれたまえ」
そしてこう続けた。
「なら私からもう一つ、好奇心の高い君にプレゼントをあげよう。来週、来客がある。きっと君の好奇心を大いにくすぐる存在だ」
「彼女は天才だ。もしかしたら君を超える存在かもしれないぞ」




