魔力で動くロボット
「このように、コイルに磁石を近づけたり遠ざけたりすることで魔力を発生させることができます。つまり、魔力で機械を動かせるということは、機械で魔力を生み出すこともできるというわけです」
エレイナは水力発電機を熱心に観察している。貴族ということはそれなりの教養を持っているはずだ。
つまりは、この世界ではまだまだ電気科学は十分に解明されていないということだろう。
貴族が体現的に電気を操ることができてしまう故、基礎科学の解明が遅れてしまったのか。いやそれとも、下手に解明されてしまうと、貴族の既得権益が失われるという危険性から、解明そのものがタブーとされているのか。
貴族にとって魔力は既得権益だ。簡単に作れてしまってはいけないものなのだろう。
「ここから村の小屋まで、この電線というもので魔力を送っている言ったね。これを村中に張り巡らせることができれば、畜魔瓶などなくとも魔導機が使えるのかい?」
「その通りです。ですがそれには畜魔瓶とは全く異なる方式である、”交流”というものを使う必要があります。交流とは・・・ええっと」
どう説明しようか。理科の授業でもここで理解できる子とできない子に分かれるんだよなぁ・・・
「えっと マクスヴェルさん。魔力は扱えますよね?」
「・・・・ああ、もちろん」
どうしたのだろう?言葉に覇気がない。
ちょうどこの前作った変圧器があった。その二次側に電球をつなぎ、一次側は短絡させた。
「この一次側に、高い電圧で電流を流してもらえますか? 電球が割れるような高い電圧です」
エレイナは変圧器に手をかざす。
「はい、すぐに魔力を逆向きに換えてください。何度も何度もどんどん早く」
魔導士がどの程度の電気を操ることができるのかは興味があった。変圧器を動かすような、商用周波数を人力で作ることができるのだろうか。
すると、二次側の電球が光り始めた。つまりは、一次側に交流電流が発生し、それが一度磁力へ変換されて、二次側で再び電力に戻った。すなわち送電に使用できる交流電流を作ることに成功したということだ。
「このように、送電に適した魔力と、使用に適した魔力を自在に変換することができるのが交流という電気です」
エレイナはまだ変圧器に魔力を送り続けている。
周波数が可聴域まで高くなってしまったようで、インバーターのような音が鳴り始めた。
「ほう、歌いだしたぞ」
その表現は新しい。
確かにメロディーを奏でる電車もあったし、同じ原理でステッピングモーターに演奏させている動画配信者もよく見る。女性ならではの視点というやつなのかな?
エレイナはその後も、小屋の電気部品についていろいろと聞いてきた。そのたびに、自分の知る限りの知識で答えた。
第三種電気主任技術者は伊達じゃない。この資格取るの本当に大変だったんだから。特に鉛筆の転がし方が。
電気機械の能力の限界は、主にコイルの発熱による熱損が主因であること。
僕らの世界では、細かく制御された電気が広く活用されていること、
電気を生み出すこと自体はそんなに難しくない。むしろ保存することが難しいことには、特に食いついていた。
エレイナは終始目を輝かせて話に聞き入っていた。
「なるほどな・・・君の知識は本当に素晴らしいものだ。では、明日はお礼に私の話を聞かせてあげよう。今日はもう遅い。ちょうど教会が近いから、そこに泊まることにしよう」
彼女は教会に泊まるという。というか、教会は僕の自宅だ。
帰宅すると、アンナが驚いた顔をしていた。
「久しいなアンナ。今日は泊めてもらうぞ」
エレイナは親しげだ。知り合いだったのか。
「いいの?封臣騎士様がお屋敷を離れたりして」
驚くアンナを尻目に、ずかずかと教会に上がり込むエレイナ。
確かにそうだ。
エレイナは急遽付いて来てしまったが、彼女はこの地を統治する封臣騎士だ。そう簡単に外泊などできるものなのだろうか。
今日は僕の話ばかりで、結局エレイナのことは何も聞きだすことができなかった。この貴族のお姫様は何者なのだろうか。
「ほう、白パンか。 私よりいい暮らしをしているのではないか?」
エレイナは教会の食事に驚いていた。
「ヒラガさんの寄付のおかげです。本当にありがとうございます」
アンナは微笑みながら返した。実はその白パンは、違法なことをして稼いだお金で買ったものですとは今更言えまい。
「この糧をお恵みくださいましたエレキテル神に感謝いたします・・・」
アンナとエレイナ、そしてともに卓を囲む子供たちで祈りをささげる。
そうか、教会なのだから誰が通っていたっておかしくないはずだ。エレイナも敬虔な教徒なのかもしれない。
「マクスヴェルさんも礼拝にはよく来られるのですか?」
「エレイナでよい。 礼拝など・・・私は神を信じないよ」
この人は教会でとんでもないことを言い出す。
アンナは深いため息をついた。
「エレキテル神のご加護を受けながら、よくそのようなことが言えますね」
「確かに私は魔導士だ。そしてその力は子に遺伝する。親が魔導士なら、子も魔導士だ。そこに何故神が介在するんだい?親が人なら子も人だ。それと何が違うんだい?・・・と私は思うね」
最後のあたりは、エレイナもぐっとこらえた感じがした。
政治と宗教の話は争いしか生まない。今日はどうも失言が多い。何とか話題を変えよう。
「はは・・・エレイナのお考えは独特ですね・・・ ところでお二人はお知り合いだったのですか?」
「ええ・・・それは・・・」
アンナは気まずそうに答えた。うーんまた何かやってしまったようだ。
「妹だよ。腹違いのね」
エレイナはさらっと暴露した。
アンナは頭を抱えている。
「ねえ 姉妹なのにどうして別の家で暮らしているの?」
子供が食事中に最もしてはいけない質問をしてしまった。もう終わりだよ。誰か僕を絞首刑にしてくれ。
エレイナは笑顔で子供に答えた。
「それはね、私の母が貴族で、アンナの母が平民だったからさ。平民と貴族は同じ家族にはなれないからね」
アンナはあきれ返っているが、これほど言われてなお怒る様子はない。
家庭事情はおおよそ分かったが、二人は何でも言い合える仲のようだ。正真正銘、心通じ合った姉妹なのだろう。
「さて、久しぶりにここに来たんだ。書物庫を見せてもらうよ」
エレイナはすっと立ち上がる。
「神を信じない割には、熱心に聖書を読むのね」
アンナはすこし嫌味っぽく、立ち去るエレイナへ声をかけた。
エレイナは立ち止まり、「聖書は神が書いたのではない。人間が書いたものだ。著者の目に映った神の姿が書かれている。つまりは観察記録だ。エレキテル神の正体が書かれていると思っているよ」と言い残して立ち去った。
部屋には僕とアンナが残された。
「ところでヒラガさん。エレイナと何があったのですか? エレイナは好奇心の強い子ですが、泊りがけで追いかけてくるなんて初めてです」
エレイナは僕の電気科学の知識に強い興味を持っていた。そして、エレキテル神の加護の力にも勉強熱心だ。
おそらく、魔力の原理を追い求めているのだろう。そしてそれは、僕の知っている電気科学の原理と非常に似ている。いや、この数か月の間魔導技師として働いてきたが、この世界の魔力とは電気そのものだ。
ここは、魔導士が電気を自在に操ることができる世界なんだ。
アンナには何と説明したものか・・・
敬虔なシスターの前で、”僕がエレキテル神の加護の力の原理を知っているからです” とは言えまい。電球を指さし、こう説明することにした。
「この魔力の入手元について大変興味があるようです。少し変わった方法で入手しておりますから」
「・・・やはりそうですか」
アンナの顔はなにやら浮かない。そしてアンナはこう続けた。
「公に言うことは禁じられているのですが、エレイナの魔力は生まれつき非常に弱いのです」
この世界の機械はすべて、貴族の生み出す魔力で動いている。つまり魔力は、貴族に不可欠な経済力と軍事力に直結するということだ。
「魔力が弱い・・・?現在の封臣騎士はエレイナですよね?それでは・・・」
「お察しの通りです。先代の封臣騎士であった私たちの父は、機甲騎士団を率いて大きな武勲を立て、ご領主様より封地を与えられました。ですが2年前、父が討ち死にしてエレイナに代が変わりました。・・・エレイナには機甲騎士団の機械兵器を操る力はありません。日ごとに騎士団からは離反者が現れ、団員だった騎士たちが封地の一部を勝手に統治するようになり、マクスヴェル家は有形無実化していきました」
なるほど。エレイナは探していたんだ。
自分の弱い魔力を補う方法を。
そしてその答えを、僕の知識の中に見つけようとしていたんだ。
魔導技師の朝は早い。ただし昨日までだ。
一攫千金をもくろんでいた昨日までは、寝る間も惜しんで仕事をしていた。しかし今日はお休みだ。騎士エレイナのお屋敷にお招きされている。
この村は険しい山の中腹にある。山頂にエレキテル神のご神体というものがあり、その参道に村があるのだ。
エレキテル信仰の中核的存在だというのに、村も教会もさびれているのは何故だろう。
それも、昔は栄えていたような寂れ方だ。壊れた古い魔導機械が、遺跡のようにあちこちに放置されている。マクスヴェル家の代替わりは2年前だが、どうもそんな最近の寂れ方ではない。
エレイナのお宅、すなわちマクスヴェル家の屋敷は、村からもう少し登った山道の中腹、村が見渡せる丘の上に建っている。村からもよく見える、シンボルのような建物だ。
その建物は、貴族の屋敷というよりは砦のように見えた。騎士団長の屋敷だ。軍事拠点としての機能も持っているのだろう。
「これを見てほしいんだ」
エレイナは石レンガで作られた建物へ入っていく。
室内は真っ暗だったが、すぐに灯りが灯った。エレイナの魔力だろう。
「ロボットだ!」
僕は思わず叫んだ。
そこには全長5mほどの、西洋甲冑のような姿のロボットがあった。
「君の国ではそう呼ぶのかな? これは”魔導甲冑”だ。騎士の象徴的な武器だよ」
「これ動くんですか? 二本足で歩くんですか?」
エレイナは少し笑いながら答える。
「当然だろう。歩くというよりは走らなければ戦えまい。もっと近くで見るといい」
これには驚いた。
今までは、僕の電気知識で回りを驚かせてきたが、倍返しを食らった感じだ。
この世界には、直動運動をするソレノイドはあるが、回転運動をするモーターがない。それがずっと引っかかっていたが、魔導甲冑を見て理解ができた。
ソレノイドは筋肉の置き換えなのだ。
魔導士は魔力、すなわち電力を体感的に扱う。つまり、自分の手足のようにだ。そうであれば、人体にはない回転動力よりも、筋肉のような直動動力の方が扱いやすい。
この魔導甲冑には制御装置も電源もない。魔導士が電源であり、制御装置なのだ。
「これは先代より引き継いだものだ。しかし私には動かせない。何故だかわかるね?」
「・・・エレイナの魔力制御の能力には問題は無いと思います。ですが、魔力の出力が不足しているのでしょう」
これほど巨大で大量のソレノイドだ。ちょっとやそっとの電力では動かないだろう。現代日本では考えられない、エネルギー効率の悪さだ。
いったいこの世界の魔導士という存在は、何kVAの電力を生み出すことができるんだ。
「私の魔導技師としての初仕事を命じよう。これを私に動かせるようにしてくれ。おーい集まってくれ」
エレイナが声を張り上げると、兵士たちが駆け足で集まってきた。
「今なお私に忠誠を誓う、私の騎士団員だ。魔導甲冑を動かすためなら自由に使ってくれ」
突然プロジェクトと部下を与えられてしまった。
田舎のスローライフが一転して、社畜生活突入というわけだ。
魔導甲冑というものがどのように動くのか見当もつかないが、キーとなるのは動力であることは間違いない。
とにかくオーダーは”戦え”ではなく”動かせ”だ。今ある水力発電から、有線で送電すれば何とかなるかもしれない。
「断らないということは算段があるわけだね」
エレイナはにやりと笑い、こちらの顔を覗き込んだ。
村の兵士の一件といい、彼女はどうも会話を詰めてくる。
そうしてただの電気設備士だった僕は、電気屋に転職し、そしてロボット開発プロジェクトのリーダーに就任したのだった。
さてさて、まずは電源を確保しなければならない。
村のいたるところに放置されている魔導自動車からコイルと磁石を回収し、それで発電機を作ることにした。今までは一人で作業をしていたが、人手があると早い早い。ものの数日で、交流発電機が出来上がった。
そう、今度は交流だ。
僕の持つ電気科学の知識を持ってしても、電力を無線で送るすべはない。それができるのは、この世界の魔導士だけだ。となれば、貯水湖の水力発電所から魔導甲冑まで有線で繋ぐほかない。送電となれば、電圧を自在に変えることができる交流の方が適している。
送電線も引かなければならない。
発電所から村への送電線は既にあるから、村から屋敷に至る電線を新設しなければならない。
村から屋敷の間は、電車で使われるトロリー線とし、屋敷から村のメインストリートまでは給電しながら動くことができるようにした。
「せっかくですから、村の人にも動く様子を見せましょう」
僕のこの提案には、エレイナも強く賛成してくれた。
厳口令が出ているとはいえ、村人はエレイナが魔導機を使えないことを知っている。エレイナの操る魔導甲冑が村を闊歩すれば、村人のマクスヴェル家への見方も変わるだろう。
しかし僕にはもう一つの野望があった。
このプロジェクトで、マクスヴェル家はこの村に水力発電所と送電線網を手に入れることになる。つまり、他の貴族と同様に魔力の販売ができるようになるのだ。しかも今度はマクスヴェルという貴族が売るのだから、全くの合法だ。開発者の僕にも、特別手当をいただきたいものだ。
さて、今度は肝心の魔導甲冑だが、これも驚くものばかりだ。
試しに電源を投入し、関節の稼働実験を行ったが、このソレノイドは全く熱を持たないのだ。
「ああ、ミスリルだよそれは。ミスリルで作られた魔動機は、どんな大魔力にも耐えるのだよ」
エレイナは淡々と答えた。
これはとんでもないことだ。
僕らの世界には存在しない、常温常圧超電導材料、すなわち電気抵抗0の物質が存在しているということだ。超電導材料の存在を前提とすると、僕の知る電気科学の前提がひっくり返ってしまう。
超電導材料で作られたソレノイドなら、供給する魔力次第でいくらでも力が出せるだろう。想定よりもうんと小さな電力で動かすことができる。
それが手足のように制御できるのだ。走ったり跳ねたりできるのも当然だ。
しかし、ミスリルというのはこの世界でも希少な存在で、魔導甲冑のような特別な魔導機にしか使われていないという。
魔導甲冑の胸部にあるコクピットは無防備にも露天式であった。確かにこの世界にはTVモニターなどない。
最低限ののぞき穴が付いた装甲扉が装備されていたが、この狭い視界では十分には戦えないだろう。実際には、コクピットはむき出して戦うことが多いとのことだ。
魔導甲冑は僕の科学的好奇心を大いにくすぐった。気が付くと、朝から晩までこの機械の改修に夢中になっていた。
今は有線だが、ミスリルを使って蓄電装置を作ることはできないだろうか。動力もより効率的な機構に変えることはできないか。いろいろなアイディアが出てくるが、今はオーダーである動かすことに集中しよう。
とうとう村を縦断する送電線が完成した。
これが一体何であるかは、村人にはまだ伏せられている。魔導甲冑のお披露目の後は、これを使ってトロリーバスを運行させるのもよいかもしれない。
そんな皮算用をしながら送電線の点検をしていたところ、何やら村人たちが騒ぎ始めている。
「道を開けろ!マクスヴェル殿は何処か!」
村の大通りを、返り血に染まった甲冑姿の少女が、馬に乗って駆けてくる。その少女は村人の案内を受けると、そのままエレイナの屋敷に駆け上がっていった。
村人は不安そうにざわめいている。
嫌な予感がする。僕も屋敷に向うことにした。




