それはしがない電気屋だった
まるでロボット映画のワンシーンを見ているようだ。
”魔導甲冑”と呼ばれるそれは、少女”エレイナ”を乗せてズシリズシリと歩んでゆく。
全長5mほどのそれは、外観こそ僕たち日本人がイメージする巨大ロボットそのものだ。しかし中身はというと、モーターや制御装置、バッテリーの類は無く、代わりに電磁ソレノイドのピストンが筋肉のように張り巡らされており、科学の理が僕らの世界とは大きく異なることを物語っている。
この一月ほど、僕はこの魔導甲冑の改修作業に没頭していた。衣食住の見返りというが第一だったが、エンジニアとして実に楽しい仕事でもあった。
僕の知る電気科学とは少し異なる電動機械・・・この世界では魔動機と呼んでいたが、これの解析に夢中になっていた。動く姿には感動すらも覚えたが、今はそんな場合ではない。
「本当にやめてください! こんなもので戦うなんて無茶ですよ!」
僕はコクピットにいるエレイナへ向けて声を張り上げる。エレイナはこちらも見ずに答えた。
「これは魔導甲冑だ。戦えるのだろう? そしてここは今から戦場となる。使わぬ理由がどこにあるというのだい?」
「動くと言っても、動力はこの前貯水湖に作ったあの発電機です。稼働時間は持って10分ほどです。
何よりケーブルが20mほどしか無いんですよ? 村から出ることもできないじゃないですか!」
コクピットのエレイナはようやく顔を上げた。そして驚いた顔をしてこう言った。
「なんだって? 完璧じゃないか!」
僕は平賀二郎。来月稼働予定の、この新型実験用核融合炉の電気設備士として働いている。たいそうな施設に、頭のねじの数が凡人とは桁違いの偉い偉い学者様が研究室を連ねているが、一介の設備保安員である僕の仕事は、そこら辺のショッピングセンターの保安とそう変わらない。
違う点といえば、何をするにも厳しい規則に縛られることだ。道端でねじなんか拾った日には、一体どこから来たねじなのか、分厚いマニュアルを開き、聞き込みをし、そのねじがぴったりはまるねじ穴を探し出さなければならない。まるでシンデレラのガラスの靴だ。
稼働日が近づくにつれ、試験も増え、視察官も増える。無駄な緊張感が漂い、無駄に疲れるので、これでは無駄に休憩を取らざるを得ない。コーヒーを飲みに行く手順書はどこだったかなと思った矢先、制御盤の片隅の小さなアラームが泣きだした。
何てことのない些細なアラームだが、視察官が主任技術者を睨み、主任技術者が保安責任者を睨み、保安責任者が僕を睨んだので、僕はアラームを睨むことにした。
ヘルメットをかぶり、決して使うことのない墜落防止の安全帯を締め、相棒の工具箱を持ち、ショッピングセンターでは使うことなどない線量計をポケットにしまい、アラームの出どころへ探索に向った。
飽き飽きするほど往復した現場だが、稼働日が近づくにつれ、いつも何か違う機械がうなっている。
今日は聞いたことがない音がしている。一体何の試験をしているのだろうか。不安になると線量計を見る回数が増える。見たところで、これが振り切っていたら「助からない。よし!」という他ないというのに。
まるで迷路のような通路をくぐって進むが、いつもと様子が違う。これでは本当の迷路だ。あたりがだんだんと暗くなる。明らかに何かがおかしい。僕の頭がおかしくなったのだろうか。線量計はあんぜんだといっているが、ふあんからかどんどんいきがあらくなる。しまいにはそのまますわりこみ、ちのけがひいて・・・
あれから一週間ほどが過ぎた。気が付くと僕は、どこともわからぬ山の中をさまよっていた。
いつ施設から出てしまったのだろうか。核融合施設で作業員一名が行方不明だなんて、とんでもないスキャンダルだが、そんなことより空腹が限界だ。
遭難一週間にして、ようやく人家、というよりは教会のような建物にたどり着いた。人家よりも好都合かもしれない。教会なら迷える成人男性にも慈愛の手を差し伸べてくれるに違いない。今だけは実家の仏壇に目を閉じ、十字架を切ろう。
「こめんくださーい・・・あの、どなたかいらっしゃいますか?」
ふらふらと教会に入っていくと、建物の影の方から人の声が聞こえた。そこにはまるで、ゲームかアニメに出てくるような、スタイルの良いシスターと、幾人かの子供たちが居た。
もしやここは教会ではなく、映画セットだったのではないだろうか。しかし今はそんなことを気にしている余裕はない。ふらふらと歩み寄るが、安堵からか足がもつれてへたり込んでしまう。
朦朧とする意識が覚めたのは、目の前の卓に出された黒パンを目にした瞬間だった。食らいつきたい気持ちを、最後に残ったわずかな理性が抑えた。
「い、頂けるので?」
失礼のないように何か言わねばと思い、出た言葉がこれである。
シスターは神々しい微笑で「エレキテル神の施しです。感謝していただきましょう」と答えてくれた。
犬の”待て”が解除されたように、僕は黒パンにかじりついた。実に硬く粗末な味だ。かみしめるごとに、果たしてこれは日本で作られた食べ物なのかと、冷静に考え始めることができた。
「僕は平賀二郎と申します。ここはどこなんでしょうか・・・」
核融合施設の名前はあえて出さなかった。まさかとは思うが・・・
まずは相手の出方が見たかった。
「ヒラガ・・・ジローさん? 変わったお名前ですね。私はアンナマリア ローレンツ。この教会でエレキテル神にお仕えしております」
電球だ。
電球が電池で光っている。
アンナは得意げな顔をしているが、僕は何を見せられているのだろうか。
「これがエレキテル神のご加護です。はるか昔、エレキテル神は一部の優れた人間に、この力を分け与えました。その末裔が今日の貴族となり、人々にエレキテル神のご加護を分け与えているのです」
もしやここは、インチキ科学のペテン宗教の施設だったのだろうか。
「はぁ・・・」
思わず声に出してしまった。アンナはむっとした顔をして詰め寄ってくる。
「あなたはエレキテル神のお力を初めて見たのですか? 仕方がありません・・・ ならば私の体に宿るエレキテル神のご加護をお見せしましょう」
アンナは電球から電池を取り外すと、電球に手をかざした。
「エレキテル神のご加護をここに・・・」
すると電球がぼんやりと光始めた。悪質な手品なら今のうちにネタバラシと行きたい。僕は電球を手に取った。
電球は相変わらず光っている。電源がないのにだ。どこから電力が来ている? まさかエレキテルの加護とは、自在に電気を操る超能力なのか?
すると教会の天井の灯具まで光り始めた。まさかこれも、アンナが電源になっているのか?
「どうです? これがエレキテル神のご加護です。あ、あまり近くで見ない方が・・・」
「え?」
ボン!
手にしていた電球が、音を立てて破裂した。
「申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、幸いなことに」
アンナは真っ黒になった電球を手に、こう続けた。
「私は貴族の父と平民の母の間に生まれました。父の遺伝でご加護を授かりましたが、うまく制御ができないのです。本来でしたら人前で使わないのですが・・・ 少しムキになってしまいました。本当に申し訳ございません」
「いえ、気になさらないでください。それより僕は、そのエレキテル神のご加護の力が大変気になります」
アンナの顔がぱぁっと明るくなった。
「入信希望ですね!」
顔が近い。
あいにく僕は敬虔な無宗教教の信者で、他の宗教には興味がないのだが、そのエレキテルの力というものは非常に興味がある。
僕はアンナに、教会の裏の井戸に案内された。
「例えば・・・ほら」
アンナが井戸に取り付けられたポンプに手をかざすと、ポンプが動き出し、水が汲みだされ、そして煙を上げて止まった。
「このようなものもありますよ」
古めかしいが、自動車があった。これも数m前進したのち、バチンと音を上げて止まってしまった。先ほどから、片っ端から壊していっているが大丈夫なのだろうか?
「それから・・・」
「いえ、もう結構です!」
僕の好奇心で、これ以上固定資産を廃棄させるわけにはいかない。どれもこれも古めかしく、減価償却はとうに終わっているように見えるが、一つ気になったことがあった。
「どれもこれも直動運動をしているようなのですが、回転機械は無いのですか?」
基本的にすべて電動機械だったが、最大の謎はそれだ。モーターではなく、すべてピストンで動いていたのだ。
アンナは少し困った顔をした。
「その、申し訳ありません。私は魔導機についてはあまり詳しくなくて・・・」
なるほど、機械を持っているからと言って、それに詳しいとは限らないわけだ。自動車運転免許と整備士免許は別だ。
「もう少しよく見せてもらってもよろしいでしょうか?」
僕は自動車の下に潜り込んだ。ヘルメットライトの灯りが、車両の底部を照らす。車輪にはシリンダーと車輪連結棒が付いており、まるで蒸気機関車のような構造になっていた。シリンダーにはコイルが巻き付けられており、おそらくこれは電磁ソレノイド・・・電磁石の力で駆動するシリンダーなのだろう。
現代社会でこんなまどろっこしい機械を作るとは思えない。にわかには信じられないが、ここは日本とは・・・いや、僕の居た世界とは異なる世界なのだろう。
「どれも随分と古いですが、今は使われていないのでしょうか?」
アンナの方に顔を向けると、何やら驚いた顔をしていた。
え? 何だろう。こちらまで驚いてしまった。
「そ、その灯り・・・あなたも魔導士だったのですか!?」
しまった。何気なくライトをつけてしまったが、この世界ではこれが扱えるのは魔導士だけだった。
「いや、あの、その・・・ 僕は魔導機の技師です」
「いや助かるよ。貴族の息のかかった魔導技師は、どこも高い修理費用を請求してくるからね」
僕は教会の一角を間借りして、魔導技師、すなわち電気屋として仕事を始めた。
今、村の用水路のポンプの修理を終えたところだ。
「私からも感謝いたします。教会に寄付金までいただけて」
アンナからも感謝のお言葉をいただいた。B to Cの仕事は初めてだが、顧客に感謝されるのはいい気分だ。
「衣食住をお世話になっているのです。家賃をお支払いするのは当然ですよ。今頂いた代金で、なにか子供たちにお土産を買って帰りましょうか」
教会は、村から外れた山奥にある。どうもこの山はエレキテル神のご神体と崇められているようで、教会は参道にあるというわけだ。
普段山奥で硬いパンばかり食べている子供たちだ。村の果物でも持ち帰えると、いつも大喜びしてくれる。
自由に機械をいじり、村人に感謝され、傍らには美人なシスター。
実に悪くない生活だ。そろそろ住民票をこっちに移そうか。
教会に戻ると、まだ日は高いが今日の業務は終了だ。これが田舎のスローライフという奴だろうか。
そしてここからは、僕の将来への投資の時間だ。
教会から少し山を下った川辺にやってきた。そこには、放棄された小さな水車小屋があった。
水車のすぐ上流には貯水湖があり、村の水源になっている。かつてはここで小麦を挽いたりしていたのだろうが、立地の悪さからか放棄されたようだ。
実は密かに、ここを水力発電所に改造しているのだ。
壊れた電気自動車からコイルを取り出し、修理業で集めたジャンクから部品を集め、見様見真似ながら直流発電機を作った。
この世界では、”畜魔瓶”という、コンデンサのようなもので電気をためて持ち運んでいるようだった。それを貴族の営む商会で、高い代金を払って充電してもらい使用している。つまり電気は高級品なのだ。
この世界では貴族の魔力頼りで、発電という技術が無いらしい。そこに発電機なんてものを発明したら、巨万の富を得ることができるかもしれない。エジソンがエンジンなら、この発電機には”ヒラガ”と名付けようか。
現状は畜魔瓶が普及しているようだから、それに合わせて直流発電としたが、いずれは送電線を張り巡らせて交流送電を目指そう。僕がこの世界で初めて交流送電を始めるのだから、日本のように50㎐と60㎐を乱立なんてさせない。この世界を55㎐で統一してやる。
いよいよ発電所の試運転だ。水車のブレーキである杭を外す。水車はギイギイと音を立てて回り始め、軸を伝って発電機を回す。そして発電機に接続されたポンプが動き出し、川の水をくみ上げ始めた。
試験は大成功だ。ここに、川の流れる力を使って川の水をくみ上げるという、一見意味不明な機械が爆誕したのである。
早速無意味なポンプを取り外し、畜魔瓶に接続を変える。畜魔瓶の端子にテスターを当てると、十分に充電されていることが確認できた。
にやつきが止まらない。これで僕も億万長者の仲間入りだ。
食卓が明るくなると、気分も明るくなる。今日充電した畜魔瓶を、さっそく教会の灯具に接続して使用してみた。子供たちの笑顔もよく見えるようになった。
「その、この様な使い方をして大丈夫なのですか? この魔力もお高かったのではないのですか?」
アンナは心配そうにこちらをうかがっている。
「いえ、心配はご無用です。魔力を安く手に入れることができました。明日からはこの教会だけでなく、村中を明るく照らして見せますよ」
僕は満面の笑みで硬いパンを頬張った。このパンも今日で最後かと思うと味わい深いものだ。明日からは白パンでも寿司でもハンバーガーでもなんでも食べられるぞ。
充電屋さんは予想通りの大盛況だ。
「いや、本当に助かるよ。貴族の売る魔力は、高くてとても手が出ないからね」
「戦争続きで男手もなくなって、魔導機が使えるのは本当にありがたいわ」
朝、村で空の畜魔瓶を回収し、荷車で発電所まで持っていき、そして夕方に充電済みの畜魔瓶を返却する。しかしあまりの盛況ぶりで、すぐにこのやり方では追い付かなくなってしまった。
そこで、村の近郊に小屋を借り、そこまで送電線を引くことにし、そこを販売所とした。
将来的にはここを変電所にして、村中に送電線を引こう。
評判はすぐに村中に広がり、そしてそれは、村の外にまで及んだ。
そう、これがまずかった・・・
「この魔力を売っている奴は誰だ!」
ある日、兵士と見える男たちが、魔力販売所の列に割って入ってきた。
あ、これは僕何かやっちゃいましたかというやつだ。
あたふたしていると、兵士たちはまっすぐこちらにやってきた。
「貴様どこの家に仕えているものだ?まさか無許可ではないだろうな?」
しまった・・・
少し考えればわかる事だった。権力を持つ貴族が魔力を独占している。当然利権があるはずだ。目先の金に目がくらんで、判断を誤った。私は異世界の人間ですと言って済むようには見えない。
「平民による魔力の販売は絞首刑だ。魔導技師であれば知らぬはずがあるまい」
すみません。知りませんでした。
どうしよう。日本の誇る伝統芸の土下座でも許してはくれなさそう。そりゃそうだ。日本でも重罪人を土下座では許してはくれない。
「これはその、さる貴族のお方より、民に魔力を分け与えよとの命を賜ったものでして」
苦しい苦しい言い訳をひねり出す。
しかし次の打開策は思い当たらない。ただの延命に過ぎない。
「ほう、それは誰の命だ? まさかこの上不敬罪まで重ねるつもりではあるまいな?」
うーんこれは絞首刑に火あぶりまで足されるのかもしれない。
万事休すか・・・
「私だ。私が命じた」
群衆をかき分け、少女が割って入ってきた。
澄んだ薄青い髪に真っ赤な瞳をしたその姿には、村娘にはない気品が感じられた。
少女はこう続けた。
「彼は私の魔導技師だ。そして私が、私の魔力を村に配るよう命じたのだ」
「し、しかし貴女は・・・」
たじろぐ兵士に少女は詰め寄る
「貴女は?貴女はなんだ? 私が魔力を配るのがおかしいのか? 君こそ不敬罪の罰を求めているのかな?」
「・・・そうですな。何もおかしなものはありませんな。マクスヴェル騎士団長」
「ならば諸君は任務に戻り給え。”マクスヴェルの魔力に難癖をつける事” が任務なのだというのなら、私も付き合おう」
兵士たちはしぶしぶ退散していった。ずいぶんと凛々しい少女だ。
「あの、危ないところをお助けいただきありがとうございます。貴女は・・・」
少女はずいずいとこちらに寄って来る。
「君は誰だ?
この魔力は何だ?
どうやって生み出した?
私は君に興味津々だよ!」
知らない世界でこそこそ謀をする危険性を思い知った。先ほどの兵士の話から察するに、おそらくそれなりの権力を持った貴族のお嬢様なのだろう。この子にはもうすべてを打ち明けよう。
しかし群衆全員に知られるのもよくない。少女を小屋の中に招いた。
「僕は平賀二郎と申します。一月ほど前、山で遭難していたところを教会に保護されました。貴女はやはり貴族様なのでしょうか」
「エレイナ フォン マクスヴェルだ。この地の封臣に自己紹介をさせるとは、君はよほど遠くから来たのだな」




