表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪の鍛冶師 〜異世界の神剣と断罪の鉄鎚〜  作者: ボルトコボルト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/23

第9話 卑劣なる因業の終着点――業火に焼かれる愚者と、闇に這い寄る凶刃の群れ

「はあ? 金がねえだと……? おい、耳がおかしくなったか、ゾネルス?」


 薄暗く泥臭い薄汚れた借家の部屋に、怒声と刃が空気を割る硬質な音が響いた。


 かつて村長として横暴の限りを尽くしていたゾネルスの服は擦り切れ、全身泥と血にまみれていた。


 過酷な徴税と悪行に耐えかねた村人たちの激しい反乱から、命からがら逃げ延びてきたのだ。


 自慢の家は焼き払われ、溜め込んだ財産はことごとく奪われ、妻は怒り狂う村人たちの手で容赦なく殺害された。

 

 狩人が逃げ出した後で、恐ろしい魔獣が蠢く無人の森を、這いつくばるようにして抜けてきた末路がこれだった。


 なけなしの金も途中で使い果たし、すがる思いで潜り込んだのは、かつて悪事で繋がっていた街の荒くれ冒険者たちの隠れ家だった。


「ひぃっ! 頼む、待ってくれ! す、少しの間だけ匿ってくれればいいんだ!」


 地べたに這いつくばるゾネルスの額に、大柄な冒険者が剣の冷たい平を押し当てる。凶悪なツラに刻まれた傷痕を歪め、男は唾を吐き捨てた。


「『金の切れ目が縁の切れ目』って言葉を知らねえわけじゃねえよなあ? 金もねえ寄生虫を誰がタダで置くと思ってんだ、ああん!?」


「あ、ある! 金なら手に入る! でかい金になる話があるんだ!」

 ゾネルスは血走った目を剥き出し、なりふり構わず叫んだ。


「この街に、イゾルフというクソガキの鍛冶師がいるはずだ! あいつは俺の村を追い出されたくせに、恐ろしい魔剣を隠し持っていやがった! あの魔剣を奪い取れば、家が一軒どころか一生遊んで暮らせる金になる! 手伝ってくれ!」


 ゾネルスの胸の奥で渦巻くのは、見苦しいまでの逆恨みだった。


 俺が村を追われたのも、妻が死んだのも、財産を失ってこんな惨めな目にあっているのも、すべてはあの生意気なイゾルフのせいに違いない。あいつさえあの時、素直に俺に従っていれば。あいつさえ俺にあの剣を差し出していれば。


「……チッ、チンケなナマクラだったらタダじゃ置かねえぞ。どんな剣だ?」

 冒険者の頭目が興味を示し、刀身を撫でながら低く問う。


「ま、間違いねえ! 俺はこの目で見たんだ! 雷光が弾け、天地を割るような恐ろしい電撃が走るのをな! 間違いなく最高級の雷の魔剣だ!」


「ほう……雷の魔剣か。ふはは、そいつは傑作だ。闇市場に流せば白金貨が飛び交うな。売らずに俺がそのまま使って、この街の裏仕切りになってもいい」

 冒険者たちは下品な下衆顔で見つめ合い、卑小な欲望に満ちた下劣な笑い声を上げた。


 ◇◇


「お兄ちゃん!」


 街の賑やかな大通り。買い物のために近くの村からやってきていたジャックの娘、エリスの瞳が輝いた。人ごみの中に、見知った懐かしい背中を見つけたからだ。


「エリス!?」

 振り返ったイゾルフは目を見張り、瞬時に表情をほころばせた。


 手を取り合い、二人は弾んだ足取りで近くの喫茶店に入った。温かいお茶を挟み、村を出てからの出来事や、ジャックたちの今の穏やかな暮らしについて、仲睦まじく言葉を交わす。


 だが、その和やかな光景を、街角の陰からねっとりとした陰湿な視線で見つめる男がいた。

「……見つけたぞ、イゾルフ」


 ゾネルスだった。落ち窪んだ目玉にどろどろとした執念を宿し、嫉妬に顔を歪める。

「くくく、まさかあのエリスまで一緒に居合わせるとはな……都合が良すぎるぜ」


 ゾネルスはかつて、若く美しいエリスに醜い恋心を抱き、強引に我が物にしようとしては失敗していた。


 イゾルフへの復讐だけでなく、エリスまでも手に入る好機。ゾネルスは欲望に涎を垂らしながら、すぐさま隠れ家へ戻り、荒くれ冒険者たちに報告した。


「イゾルフとエリスだ! 二人揃って店に入っていった! おい、イゾルフを殺して魔剣を奪ったら、あの女の身柄は俺に譲れ! 昔からあいつは俺のものになるはずだったんだ!」


 冒険者たちはゾネルスの醜悪な欲望にニヤニヤと笑いながら応じた。

「へっ、好きにしろよ。俺たちは魔剣と金さえ手に入ればどうだっていい」


 彼らは店を出てくる瞬間を狙い、路地の陰で蛇のように待ち構えた。


 やがて、笑顔で店を出てきたイゾルフとエリス。

 その瞬間、物陰から飛び出したゾネルスが、猛禽のような手つきでエリスの腕を力任せに掴み取った。

「捕まえたぞ、エリスぅ!」


「ぞ、ゾネルス!? きゃああっ、離して! やめて!」

 エリスの悲鳴が路地に響く。


「なっ、ゾネルス! エリスの手を離せ!」

 イゾルフが目を見開き、掴みかかろうと一歩踏み出した。


「くくく、無駄だ! 黙ってついて来い!」

 次の瞬間、路地の前後からギラついた刃を抜いた荒くれ冒険者たちがゾロゾロと姿を現し、二人を完全に包囲した。逃げ場を失った二人は、威嚇されながら人通りの途絶えた暗い裏路地へと力ずくで押し込まれていく。


 壁際に追い詰められ、逃げ場がなくなったところで、ゾネルスは下品な笑みを浮かべてエリスを引き寄せようとした。

「へへっ、逃げられると思うなよ……これでお前も俺の――」


 ドカッ!!


「ぐあぁっ!?」

 唐突に、強烈な蹴りがゾネルスの背中に叩き込まれた。


 不意を突かれたゾネルスは、受身も取れずにドブの溜まり水の中へ顔面から激突した。泥水を飲み込み、咳き込みながら振り向く。


「がはっ……!? な、なにをするんだ!? 話が違うだろ、痛めつけるのはイゾルフで――」


「知らねえよ、ゴミが」

 冒険者の頭目が、冷酷極まりない蔑みの視線でゾネルスを見下ろしていた。その手には、鈍く光る長剣が握られている。


「言ったろ?『金の切れ目が縁の切れ目』だってよ。お前みたいな落ちぶれた元村長の無一文に、女をやる義理がどこにある?」


「なっ……! 俺が……俺がこの魔剣の情報をもたらしてやったんだぞ! 俺がいなければお前たちは――」


「ああ、ご苦労だったな。おかげで大儲けできそうだ」


 ケッケッケと嘲笑う冒険者たちの声。ゾネルスが恐怖に顔を跳ね上げた瞬間――。


 ズシャッ!!


「あがっ……!?」

 容赦のない一閃が、ゾネルスの胸元を斜めに深く切り裂いた。


 鮮血がドブ川を赤く染め上げる。ゾネルスは信じられないというように目を見開き、自身の胸から溢れ出る血と、冷笑を浮かべる冒険者たちを交互に見つめた。


「あ……が……俺は……村長……だぞ……こんな……こんなところで……っ」


 絶望と惨めさに満ちた掠れ声を漏らし、ゾネルスは泥水の中で痙攣しながら、誰からも憐れまれることなく無様に息絶えた。


「嫌ぁぁぁっ!」

 目の前で繰り広げられたあまりにも残虐な死に様に、エリスが短い悲鳴を上げて腰を抜かしかけた。だが、震える足に力を込め、必死に気を張って冒険者たちを強く睨みつける。


「な、なにをするのよ! 身内同士で殺し合うなんて……狂ってるわ!」


「ハッ、狂ってるだと? 可愛いお嬢ちゃん、裏稼業じゃこれが日常なんだよ」


 頭目は血のついた刀身をペロリと舐め、ゾネルスの死体を踏みつけながら、下衆な笑みを深めてイゾルフへと一歩踏み出した。


「さて……次は坊主、お前だ。命が惜しくなけりゃ、その腰の細刀を大人しく差し出しな。ついでにその女がどう料理されるか、特等席で見せてやるよ」


 凶悪な男たちが、舐め回すような視線でエリスを見つめ、嗜虐的な笑いを浮かべて刃を向け散開する。


 しかし。


「……僕の友達に、その汚い手を触れさせない」


 静まり返る裏路地に、地底から響くような低いイゾルフの声が通った。


 イゾルフの瞳から温度が完全に消え去っていた。荒くれ冒険者たちの陰惨で卑劣な殺気を、冷ややかな怒りで押し潰す。


 カチリ、と静かな音が鳴る。


 イゾルフの左手が鞘を固定し、右手はその柄――神剣『天之尾羽張』の柄頭へと、迷いなくかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ