第10話 過剰防衛? 知るか! 愚か者どもを一瞬で断罪する神剣の威光と忍び寄る罠
「てめえ……やる気か、ああん!?」
薄暗い裏路地に、下劣で不快な嘲笑が響き渡った。
足元には、裏切りによって惨めに胸を切り裂かれたゾネルスの死体が転がり、ドブ川を黒赤く染めている。その死体を泥踏みのブーツで踏みつけながら、荒くれ冒険者たちは下品に肩を揺らし、イゾルフを蔑むような視線で見下していた。
「おいおい、見ろよ兄弟! ガリガリの貧乏鍛冶師サマが、俺たち相手に剣の柄に手をかけてやがるぜ! 笑わせんじゃねえよ!」
「ハハハッ! おい坊主、てめえはな、大人しくその高そうな剣と後ろのピチピチな女を差し出せばいいんだよ! そうしたらよぁ、優しく一思いに頸骨を叩き折って、苦しまねえように殺してやるからよ!」
ひくひくと鼻を鳴らし、性根の腐りきった性欲と物欲を剥き出しにする男たち。エリスは恐怖に身体を震わせながらも、イゾルフの背中に縋りついた。
イゾルフは静かに一歩前へ踏み出し、己の身体でエリスを完全に庇い隠す。その顔には怒りを超えた冷ややかさだけが漂っていた。
「くくく、痩せっぽちの鍛冶師風情が、俺たちに勝てるわけねえだろ! おい、そいつを痛めつけて膝をつかせろ!」
「ほう……これが例の噂の雷の魔剣か?」
一人の男が、イゾルフの腰に差された神剣『天之尾羽張』の美しさに目を奪われ、下劣な笑みを浮かべながら泥のついた汚い手を伸ばした。
『無礼な! 我が威光を知らぬ愚物めが、魔剣などという雑物と同列に語るでないわ!』
脳内に直接響く、天之尾羽張の怒りの声。
バシィッ!!
「うあぁぁッ!? な、なんだああっ!?」
刃に手が触れる直前、青白い強烈な微弱電撃が弾け、男の腕を打ち据えた。男は悲鳴を上げて跳びのき、痺れて真っ赤に腫れ上がった己の手を抱えて顔を歪める。
「な、なんだ今の電撃は……!? 痺れて動かねえぞ!」
「ふむ、なるほど……噂通りの雷の魔剣だな。直接触れると電撃が走る罠がかかっているわけだ。なら、持ち主のガキをブチ殺して奪うしかねえようだな!」
先ほどゾネルスを躊躇なく惨殺した男が、血のべっとりついた長剣をニヤニヤと下品に歪んだ口元で振りかざした。
「死ねや、鍛冶師のガキがぁッ!!」
殺意を剥き出しにして踏み込んできた、その刹那。
――トン。
何の音もなかった。空気を切り裂く刃の音も、鋼が擦れ合う金属音すらも。
ただ、男の視界が唐突にぐにゃりと垂直に傾いた。
ドサリ。
勢いよく突進していた男の胴体から、頭部が綺麗な断面を見せてすぽんと落ち、遅れて首元から鮮血が噴水のように噴き出した。胴体は数歩泳ぐように進んだ後、泥水の中へ突っ伏した。
「「「…………っ!?」」」
裏路地に、声にならない絶句が広がった。
荒くれ冒険者たちは目を見開き、口を大きく開けたまま硬直する。何が起きたのか理解が追いつかない。
「ば、馬鹿な……!? か、鍛冶師風情だぞ!? いつ……いつ剣を振った……!?」
「首が……首が落ちただと……!? 何も見えなかったぞ!?」
あまりの異常事態に、先ほどまでイゾルフを見下していた男たちの顔から一瞬で血の気が引いていく。ガタガタと膝を震わせ、後退る者たち。
その狼狽する群れを掻き分けて、ずいっと前に出てきた男がいた。このパーティーの頭目である。
「と、頭目……! 大丈夫ですか!? こいつ、得体の知れない魔法か何かを使いやがりますぜ!」
「だまれ、腰抜けどもが!」
頭目は腰の分厚い大剣をガチりと引き抜き、イゾルフを凶暴な眼光で睨みつけた。
「面白え……! どんな魔法か怪しいスキルかは知らねえが、このC級冒険者の俺様が直々に仕留めてやる! その神剣を手に入れるためなら、この程度の試練なんぞ百も承知の上よ! 俺様が幾多の巨大魔獣を討伐してきた、この一撃を受けてみろ!」
咆哮とともに、頭目が大剣を段違いの速さで上段から振り下ろそうとした、その瞬間。
――シャリィン。
かすかな鈴の鳴るような澄んだ金属音が響いた。
ドシャッ。
「……ひ?」
頭目の口から掠れた声が漏れるのと同時に、彼の巨大な首が胴体から滑り落ちた。首を失った頭目の巨体が、まるで糸の切れた人形のように泥の中に倒れ込む。大剣が虚しく地面に転がり、甲高い音を立てた。
一瞬にして、最強のリーダーが虫ケラのように二分されたのだ。
「ひ……ひぃぃぃぃっ!?」
「ば、化け物だ! 化け物が出たぁぁぁっ!」
「ごめんなさい! 助けてくれえええっ! 死にたくない、死にたくないよおぉっ!」
先ほどまでの厚顔無恥で横暴な態度はどこへやら、残された荒くれどもは尿を漏らしながら泣き叫び、自分たちが殺したゾネルスの死体につまずき転びながらも、脱兎の如く裏路地から逃げ出した。
恐怖に狂った男たちは、あろうことか街の冒険者ギルドへとなだれ込んだ。
「た、助けてくれぇ! 殺人鬼だ! 恐ろしい魔剣を持った気が狂った鍛冶師が、俺たちの仲間を突然斬り殺したんだぁぁっ!」
彼らは自分たちの悪事やゾネルス殺害の件を綺麗に隠し、都合良く捏造した被害者としての報告を、デスクに座る冒険者ギルド長へ言い散らした。
報告を聞いた冒険者ギルド長は、顎に手を当てて不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど……触ろうとしたら強烈な電撃がかかり、振るえば一瞬で首が飛ぶ、か……」
ギルド長の脳裏に、古い文献の記憶が過る。
(持ち主を選び、不敬な者に罰を与える電撃……もしや、伝説の『聖剣』の類いか? 勇者しか扱えないと言われる聖剣も同様の秘法が施されていたはず。それと同等か、それ以上の国宝級の超チート武具……!)
冒険者ギルド長は、目の前で泣きじゃくる荒くれどもの言葉が嘘八百であり、実際には彼らが仕掛けた悪事の返り討ちにあったことなど百も承知だった。しかし、そんな倫理はどうでもよかった。
(ククク……その鍛冶師を『ならず者』として罪人に仕立て上げれば、合法的にその国宝物の剣を回収・没収できる。上手くいけば、我がギルドの不可侵の財産にできるぞ……!)
冒険者ギルド長の頭の中で、どろどろとした欲望と悪巧みが高速で回転し始めていた。
◇◇
一方その頃。
荒くれどもを撃退したイゾルフとエリスは、すぐさまその足で鍛冶師ギルドへと逃げ込んでいた。
緊迫した面持ちで語られる一部始終を聞き、鍛冶師ギルド長ガルドは、怒りで顔を真っ赤に染めて怒号を上げた。
「何だとぁっ!? あの汚らわしい冒険者のクズどもが、天之尾羽張様を強奪しようとしただとぉッ!?」
ガルドの怒りは留まることを知らなかった。自分たちが朝晩と平伏し、祈りを捧げる絶対の『神』を、不潔な悪党どもが汚そうとしたのだ。許されるはずがない。
「……ガルド様。何事ですか?」
ガルドの背後、影の中から気配もなく姿を現したのは、鍛冶師ではない全身を黒装束で包んだドワーフだった。
その男は、あの最高峰の職人であり本部のトップであるドワルドが、この街の鍛冶師ギルドと天之尾羽張の動向を監視させるために密かに配置した、鍛冶師ギルド本部の『極秘諜報員』であった。
「ドワルド様に報告いたします。街の冒険者ギルドおよび荒くれどもが、神剣『天之尾羽張様』に対して不吉な動きを見せ始めました」
「何てすと……!? すぐにドワルド様へ連絡を飛ばします! 神剣様を害しようとする愚か者どもには、神罰を下さねばなりません!」
陰謀を企む冒険者ギルドと、神剣を崇拝する鍛冶師ギルド。異世界の神剣を巡る巨大な衝突の火種が、いま静かに、そして激しく燃え上がろうとしていた。




