第11話 国宝級の宝剣を奪え! 欲深き悪党どもの陰謀と、街を揺るがす鍛冶師たちの決起
「ククク……おいおい、本当だろうな、ギルド長よぉ?」
街の裏通りに面した薄暗い酒場の個室。肥満体を揺らし、下品に豚肉を貪り食っていた衛兵隊長は、油でギトギトに光る唇を舐めまわしながら眼前の男を睨みつけた。
対面に座る冒険者ギルド長は、薄汚い笑みを浮かべてワイングラスを傾ける。
「ああ、間違いねえよ、衛兵隊長殿。あの貧乏鍛冶師のガキが持っているのは、触れれば電撃が走り、振るえば一瞬で喉笛を飛ばす代物だ。恐らく聖剣に匹敵する……いや、それ以上の国宝級の宝剣だ。あいつらはそれを隠匿していやがる」
「国宝級の宝剣、ねえ……」
衛兵隊長は陰険で小さな目を怪しく光らせた。この男は街の治安を守る立場でありながら、裏では賄賂と横領に手を染める根っからの強欲漢であった。
「で、どうやってそれを俺たちの手中に収めるってんだ?」
「簡単な話さ」
冒険者ギルド長は身を乗り出し、声をひそめて下劣な提案を口にした。
「あのガキに殺されたって泣きついてきた荒くれどもを利用するのさ。あいつらの悪事は全部もみ消し、『無抵抗の哀れな冒険者を残酷に殺めた殺人鬼の鍛冶師』という罪を着せる。そしてあんたが衛兵を率いて乗り込み、犯人の身柄拘束と、犯罪に使われた証拠品としてその宝剣を押収するんだよ」
「ヒヒッ! なるほどなぁ! 犯罪の証拠品として押収してしまえば、あとはこっちの物ってわけだ! 後で検分の最中に紛失したとでも言っておけば、俺たちの懐が国宝級の金で潤うって寸法か!」
「そういうことだ。もちろん、売却した金の半分はあんたへの報酬として約束するぜ」
「乗った! ガキ一人の身柄と剣一振りで一生遊んで暮らせるなら、いくらでも片棒を担いでやるよ!」
二人の悪党は、ゲスな高笑いを響かせながら杯を交わした。
翌朝。重厚な足音が、街道沿いの静かな鍛冶師ギルドの前に響き渡った。
衛兵隊長は数人の部下を引き連れ、威風堂々とギルドの扉を激しく蹴破らんばかりの勢いで押し開けた。
「おいおい! ここに殺人犯のイゾルフというガキがいるのは分かってんだぞ! 速やかに差し出しやがれ!」
威張り散らす衛兵隊長の声に、奥から鍛冶師ギルド長ガルドが険しい表情で姿を現した。
「なんだ朝から騒々しい。衛兵隊長、何事だ」
衛兵隊長は下品な笑みを浮かべ、腰の剣の柄を威嚇するように叩いた。
「知らぬ半兵衛を決め込む気か? そこのイゾルフが昨日、哀れな冒険者を惨殺したという確実な証言があるんだよ! 街の治安を脅かす凶悪犯として即刻逮捕する! それと犯行に使われた危険な宝剣も、証拠品として我が衛兵隊が押収する! さあ、大人しく出頭させろ!」
横暴極まりない言いがかり。だがガルドの表情は一切崩れなかった。むしろ、目の前の男をゴミを見るような目で見据え、静かに吐き捨てた。
「断る」
「……ああん? 今なんと答えた、クソジジイ」
衛兵隊長の顔から笑みが消え、陰湿な殺気が滲み出る。
「断ると言ったのだ! イゾルフに罪などない。正当防衛どころか、被害者はこちらだ! その冒険者どもはイゾルフとエリスを暗い路地に連れ込み、暴行と強奪を働こうとした挙げ句、仲間内で殺し合いを演じたクズどもだぞ! それを隠蔽し、イゾルフに濡れ衣を着せようなど笑止千万!」
ガルドは一歩踏み込み、指を突きつけた。
「むしろ被害を受けたのは我がギルドの鍛冶師だ! 冒険者ギルドに対し、うちの尊い職人を危険に晒した損害賠償と、謝罪を要求しているのはこちらの方だ!」
「なんだとお前……! 立場が分かってんのか!?」
想定外の強い反論に、衛兵隊長は額に青筋を立てて怒鳴り散らした。
「街の権力者である俺様に楯突いて無事でいられると思ってんのか! いいからガキと剣を渡せ! 身の潔白を証明したいなら、牢屋にぶち込まれてから取調べでじっくり釈明すればいいだろ! まあ、取調べを無事に生きて終われればの話だがなぁ!ヒヒッ!」
汚い脅しと誘導。通常であれば、公権力である衛兵に凄まれれば誰もが屈し、言われるがまま出頭してしまうのが世の常だ。牢に入れば最後、どんな拷問を受けて冤罪を認めさせられるか分かったものではない。
だが、ガルドは微動だにしなかった。
「断固拒否する! お前たちのような腐れ悪党に、イゾルフも、ましてや天之尾羽張様を渡すことなど金輪際あり得ん!」
「ちっ……らちが明けねえ! おい野郎ども、強行突破だ! ジジイごと力ずくで押しのけてガキと剣を奪い取れぇっ!」
衛兵隊長が暴論を叩きつけ、部下たちに室内への乱入を命じたその瞬間――。
「「「うおおおぉぉぉッ!!!」」」
工房の奥から、真っ赤に熱した鉄を打っていた鍛冶師たちが、打槌や鉄パイプ、巨大な火バサミを手に雪崩を打って押し寄せてきた。
「天之尾羽張様を渡すかよぉぉっ!」
「触ったらタダじゃおかねえぞ、腐れ衛兵どもがッ!」
「ひっ!?」
怒号と熱気、そして職人たちの尋常ではない殺気に押され、衛兵たちが一瞬で立ちすくむ。血気盛んな鍛冶師たちが人垣を作り、強烈な抵抗を見せて衛兵隊を押し返し始めたのだ。
あまりにも陰険で強引な仕置、そして自分たちの尊い神剣を土足で踏みにじろうとする権力の醜悪さに、ガルドの怒りはついに頂点へと達した。
「ええい、聞き捨てならん無道なり! 衛兵隊長、よく聞け!」
ガルドの声がギルド全体に雷鳴のように轟いた。
「本日をもって、我が鍛冶師ギルドはこの街から完全に撤退する! 全鍛冶師を引き連れ、街を去らせてもらうぞ!」
その言葉に、衛兵隊長は一瞬驚きつつも、すぐにせせら笑った。
「ハッ! 撤退だぁ? ハッタリをこくのも大概にしろやクソジジイ! 一街のギルドが勝手に撤退なんてできるわけねえだろ! 王都の本部が許すはずねえし、街の武具の供給が止まったら困るのはお前らだ! やれるもんならやってみろやぁっ!」
小汚い顔を歪めて啖呵を切る衛兵隊長。
しかし、ガルドは冷ややかな笑みを浮かべ、胸を張って言い放った。
「ああ、やってやるとも! すでに『本部』からの承諾は得ている!」
「なに……!?」
「本部の最高責任者、ドワルド様直々のお許しと命が出ているのだ! 『天之尾羽張様を脅かすような不埒な街など、今すぐ見捨てて全鍛冶師を引き揚げさせよ』とな!」
「な、なんだと……!? ドワルド様……!? あの全権を握るドワーフの……!?」
衛兵隊長の顔から一瞬で血の気が引いていった。
本部のトップであるあのドワルドが関与しているなど、夢にも思っていなかったのだ。
この街から鍛冶師が一人残らず消えれば、冒険者の武具の修理も、兵士の甲冑の補修も一切できなくなる。
街の経済と治安は一週間と持たずに崩壊する。そうなれば、責任を問われて首が飛ぶのは冒険者ギルド長ではなく、自分自身だ。
ガルドの本気度と、背後にある巨大すぎる本部の威光を前に、衛兵隊長はガタガタと膝を震わせた。
「ひ……ひぃっ! お、覚えてやがれよクソジジイども!」
勝ち目がないと悟った衛兵隊長は、部下の背中に隠れながら、みっともなく後退った。
「こんな横暴、絶対に許されんぞ! すぐさま領主様に訴えて、お前たち全員を反逆罪で打ち首にしてやるからな! 今に見てろぉぁぁっ!」
捨て台詞を残し、衛兵隊長は転がるようにして鍛冶師ギルドから逃げ出していった。
その無様な背中を見送りながら、ガルドは冷ややかに鼻を鳴らすのだった。




