第6話 神を追い出した村の末路――職人なき辺境、餓えと恐怖に沈む因果応報の代償
「……イゾルフがいないだと? あの役立たずが、逃げたのか!」
鍛冶場はもぬけの殻だった。村長は金槌を地面に叩きつけ、忌々しげに吐き捨てた。神剣という「金塊」を逃した怒りと、面目を潰された苛立ちが彼を衝き動かす。
村長は怒りの矛先を、村外れで静かに暮らす狩人・ジャックの家へと向けた。
「おい、ジャック! あの薄汚い鍛冶師をどこへ逃がした! 貴様、隠し場所を知っているんだろう!」
家の扉を蹴破る勢いで踏み込んだ村長に、ジャックは静かにナイフを研ぐ手を止めた。
「……イゾルフが、村を出た?」
ジャックは驚きを隠せなかった。あの気弱な青年が、過酷な外の世界へ飛び出したというのか。
「とぼけるな! 貴様らが裏で糸を引いたんだろう! いいか、お前もだ。イゾルフがいなくなった今、お前の納税額を三倍にする。文句はあるか!」
妻のマリアが呆れ果てたようにため息をつく。
「……村長、どうかしています。私たちは亡きゾネントア様のご遺志を汲み、この村の平穏を守るために住んでいるのです。イゾルフ君の工房も、私たちとの約束の上に成り立っていました。それを踏みにじっておいて、まだ絞り取ろうというのですか?」
「うるさい! 亡き父の名など持ち出すな! 今の村長はこの俺だ。俺に逆らう者は村から追い出すぞ!」
その言葉に、ジャックの中で何かが切れた。かつて死線を潜り抜けた猛者の眼光が、村長を射抜く。
「……そうか。ならば、俺たちもここにはいられないな」
ジャックがゆっくりと立ち上がると、その凄まじい殺気に圧され、村長は腰を抜かした。
「ひ、ひぃっ! き、貴様、俺を殺す気か! 反逆罪だぞ!」
「死にたくなければ、二度と俺たちの前に姿を見せるな」
恐怖に顔を歪ませ、這々の体で逃げ出す村長の背中を見ながら、ジャックは空を見上げた。
「ゾネントア、すまねぇ。あんたとの約束は守りたかったが、この村はもう終わりだ」
その夜、狩人の家から灯りが消えた。
◇◇
数週間後。辺境の村は、急速に死へと向かっていた。
農具が壊れれば、近隣の街まで数日の旅をしなければならない。だが、村を守っていた狩人がいないため、森は魔獣の楽園と化していた。護衛も雇えず、物資の調達は命懸け。
さらに絶望的なのは、「価格」だった。今までイゾルフが格安で引き受けていた修理費は、街の相場では高額の為、とても農民が気軽に支払える額ではない。
「肉がない……薬もない……農具も直せない……」
村人は飢え、些細な傷で死ぬ者が出る。村長の贅沢な暮らしを支えるために重税を課された人々は、日増しに憎悪を募らせていった。村長を睨む目は、かつての領主への敬意など微塵もなく、ただ冷たい死の気配を宿している。
追い詰められた村長は、領主の元へ馳せ参じた。
「領主様! 村の復興のために、鍛冶師、狩人、薬師を派遣してください! 我が村は今、壊滅の危機にあります!」
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領主は冷ややかに、鼻で笑った。
「……貴様、正気か? 鍛冶師、薬師、狩人、……彼らのような貴重な人材を、貴様は無能にも手放したと聞いておる。どこの村でも、喉から手が出る程、欲している人材なのに」
「ですが! 我々の村は、どうなるのです!」
「知ったことか。どこの村でも喉から手が出るほど欲しい人材を、自らの愚かさで追い出した報いだ。二度と私の前に姿を見せるな」
門前払いを食らい、トボトボと村へ帰る道中。村長の耳には、風が鳴らす不気味な音が聞こえていた。それは、職人たちが去り、守り手が消え、活気を失った村が、今まさに音を立てて崩れ去ろうとする悲鳴だった。
村では、食糧難を訴える暴動が始まろうとしていた。村長の屋敷には、怒れる村人たちの松明の火が迫っている。
イゾルフが去り、ジャックが去った。彼らがかつてこの村に落としていた「愛」と「技術」が、いかにこの辺境を支えていたのか。それを村長が思い知る頃には、村は既に地図から消え去る運命にあった。




