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断罪の鍛冶師 〜異世界の神剣と断罪の鉄鎚〜  作者: ボルトコボルト


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第5話 神剣を抱く逃亡者、鍛冶師ギルドへの潜伏――偽りの平穏と神の冷笑

「……明日までに、金貨五枚を工面しろ。できなければ、お前の大切な工房は取り壊しだ」


 村長の冷酷な宣告が、鍛冶場に重くのしかかる。彼が去った後も、その場には凍りつくような冷気が残っていた。


 イゾルフは金床に凭れかかり、天之尾羽張をじっと見つめた。剣身に映る自分の顔は、かつてないほど蒼白だ。


「……無理だ」

 口から零れたのは、諦念に満ちた言葉だった。村長の言う金貨五枚はとても稼げない額だ。それに、さっき起きた殺人のこと。あの忌まわしい血の匂いは、消したはずなのに鼻の奥から離れない。


「戦うなんて……そんなの、俺にはできない」


 イゾルフは戦士ではない。刃を振るって誰かを傷つけるなど、考えただけで指先が震える。村長や、その背後にいるであろう悪意に満ちた連中と対峙する勇気など、彼には微塵もなかった。


『……ほう。逃げ出すつもりか、イゾー?』

 天之尾羽張の声が、皮肉っぽく脳内に響く。


「逃げる……そうだ、逃げよう。この村を出るんだ。そうすれば、誰とも戦わなくていい。血を流すことも、追われることもないはずだ。


 イゾルフは、ボロボロの作業着を脱ぎ捨て、必要最低限の荷物を背負った。父から譲り受けた使い古された槌、少しばかりの食料、そして何よりも大切な「天之尾羽張」。


 彼は剣を厳重に布で包み、鞘に収めた。この剣さえあれば、いや、この剣さえなければ、俺はただの平凡な鍛冶師に戻れるはずだが……。

「さようなら、父さん。……ごめんよ」


 真夜中。村中が深い眠りに就く中、イゾルフは鍛冶場の灯りを消した。


 裏口から抜け出し、村外れに続く細い獣道へと足を踏み入れる。湿った土の匂いと、夜行性の虫たちの鳴き声だけが、彼の孤独な決意を包み込んでいた。


 背後を振り返れば、村長の屋敷の明かりが遠くに見える。あそこで明日にでも行われるであろう、自分への搾取の光景を想像し、彼は歯を食いしばった。


『お主、自分が何をしようとしているか分かっているのか? 我がいれば、何者にも負ける事はないのだぞ』


「黙ってくれ……。どこか遠くで、誰にも知られずに暮らしたいんだ。人殺しなんて御免だ。剣なんて二度と振るわない。ただ、静かに……」


 イゾルフはひたすらに歩いた。森を抜け、村の境界を示す古い石柱を越える。


 しかし、森の奥深くへと進むにつれ、周囲の空気が重く澱んでいくのを感じた。夜の森は、昼間とは全く別の顔を見せる。不気味な獣の唸り声、枝葉が擦れる音。その一つ一つが、まるで獲物を追う捕食者の足音のように聞こえる。


 イゾルフは何度も足をもつれさせ、転びそうになりながらも、決して天之尾羽張を離さなかった。それが唯一、父から残された「剣を愛する」という絆の証だからだ。


 深い森を抜け、数日間の過酷な旅路の果てに、イゾルフは重厚な石壁に囲まれた街へと辿り着いた。


 村とは比較にならないほど高く積み上げられた城壁。行き交う人々の活気。その中心にそびえ立つ、重厚な鉄の扉を持つ建物こそが「鍛冶師ギルド」だった。


 イゾルフは震える手で、ギルドの扉を叩いた。

 かつて父に連れられて一度だけ訪れたことがある場所。父とギルド長・ガルドが笑い合い、酒を酌み交わしていた記憶が、今のイゾルフには遠い夢のように思える。


「……誰だ、こんな時間に」


 現れたのは、かつてと同じく豪快な笑みを浮かべたガルドだった。しかし、イゾルフのやつれ果てた姿を見た瞬間、彼の表情は険しくなった。


「……イゾルフか? あの無骨な鍛冶師の息子……。どうした、その無様な姿は。村で何があった?」


 ギルドの奥へと案内されたイゾルフは、涙ながらにすべてを語った。村長の強欲な搾取、神剣を巡る陰謀、そして自分には過ぎた暴力。すべてを吐き出し、ただ「静かに鍛冶師として働かせてほしい」と頭を下げた。


 ガルドは黙って話を聞き終えると、深い溜息をついた。

「……村の政策、あるいは村長個人の愚行に、我らギルドが介入するのは難しい。だが、お前という職人を雇うことまで、あの村長に口出しはさせん」


 ガルドはイゾルフの背中を力強く叩いた。

「安心しろ。ここにはお前の父さんの魂も息づいている。今日からお前は、このギルドの一員だ」


 こうしてイゾルフの、街での「平穏な」鍛冶師生活が始まった。


 かつての工房よりもはるかに広大で、最新の火炉と良質な鉱石が揃う環境。


 イゾルフは一心不乱に鉄を叩いた。これまで村の鍋や農具の修理しかしてこなかった彼にとって、ギルドの要求する水準は高く、当初は失敗の連続だった。だが、父から叩き込まれた基本は確かだった。


 不器用ながらも真摯に鉄と向き合う姿は、次第に周囲の職人たちにも認められ始めていた。


 しかし、イゾルフの心に平穏は訪れなかった。

 工房の片隅、厳重に布に包まれて置かれた「天之尾羽張」。それが存在し続ける限り、彼は本当の意味で逃げ出せてはいないのだ。


『ふん……。安っぽい鉄屑を叩いて、貴様は満足か? イゾー』


 夜のギルドに、天之尾羽張の不敵な思念が響く。


「……満足だよ。誰も殺さなくていい。誰も傷つけなくていい。これが俺の望んだ生活なんだ」

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