第4話 神剣の裁きと村長の深淵なる悪意――過酷な重税が鍛冶師を追い詰める
「おい、小僧。神剣をよこせと言っているんだ。その小汚い指で神の器を汚すんじゃねぇ」
極悪冒険者パーティ『赤き牙』のリーダー、ザルツが下卑た笑みを浮かべて鍛冶場に土足で踏み込んでくる。彼の背後では、二人の部下が腰の剣を抜き、殺気を放っていた。
ザルツの目は、イゾルフの愛剣「天之尾羽張」に釘付けだ。その美しくも恐ろしい輝きに、彼らは己の欲深さを隠そうともしない。
「……嫌だと言ったら?」
イゾルフの声は震えていた。だが、彼の握る柄には、迷いはなかった。
「あぁ? 死にたいのか? 村長からの命だ。お前みたいな陰気なドブネズミ一匹、消したところで誰も悲しまねぇよ」
ザルツが長剣を振り上げた瞬間だった。
鍛冶場に、空気を切り裂く鋭利な音が響く。それは剣の振る音ではない。世界そのものが「斬られた」音だ。
――次の瞬間。
ザルツの首から上が、まるで熟れた果実のように宙を舞った。鮮血が天井にまで届くほど噴水のように吹き出し、勢いよく地面を濡らす。
部下二人が「なっ……!?」と声を上げる間もなく、天之尾羽張は一閃。二つの首が空を舞い、重たい音を立てて床に転がった。
静寂。先ほどまでの喧騒が嘘のように、鍛冶場にはイゾルフの荒い息遣いだけが響いている。
「あ……あぁ……」
イゾルフは血に染まった床を見て、顔を青ざめさせ、膝をついた。生まれてこの方、争いなどとは無縁の人生を送ってきた青年だ。殺人など、想像の彼方にある出来事だった。
『フン、雑魚が。我が振るうまでもない。イゾー、貴様の魂が引き金となったのだ』
天之尾羽張は冷ややかに告げると、剣身が薄く発光した。すると、転がっていた死体や飛び散った血痕が、まるで最初から存在しなかったかのように、剣の中に吸い込まれるように消えていく。掃除すら必要としない、圧倒的な神の業。
「こんなこと……父さんは望んでない……!」
イゾルフは震える手で剣を抱きしめた。村の日常が、自分の中の何かが、音を立てて崩れていくのを感じていた。
◇◇
その頃、村長の屋敷では、村長が焦燥に駆られていた。
彼には悩みがある。それは、若き日に振られた狩人の娘――エリスの影に怯えながら、世間体を繕うために結婚した派手好きな妻の存在だ。
妻は村中の贅沢品を買い漁り、村長を金づる扱いしている。
「ねえ、あなた! 隣町の貴族様が持っていたあのドレス、私にも買ってちょうだい! この貧乏くさい村なんて早く出て行きたいわ!」
「うるさい、黙れ!」
妻からの容赦ない金銭の要求。そこに『赤き牙』からの報告が来ないという不安が重なる。
「あのならず者たちが、なぜ戻ってこない……まさか、あの剣のせいで……?」
恐怖心が、村長の卑小な心を支配し始めた。暴力での強奪はあまりにリスクが高い。奴らも戻ってこないとなれば、さらなる軍勢を差し向けるには金がかかりすぎる。
(ならば、別の方法がある。剣を売れずとも、あの鍛冶師を追い詰めればいい)
翌日、村長は鍛冶場を訪れた。いつもの傲慢な笑みを浮かべ、イゾルフの前にふんぞり返る。
「イゾルフ、お前に告げる。本日より、我が村はこの辺境の維持管理のために特別税を導入することにした」
「……特別税?」
イゾルフは作業の手を止め、怪訝そうな顔をした。
「そうだ。工房の使用料、火の利用料、そして――鍛冶師としての無認可営業の罰金だ。今後、月々金貨五枚を納めよ」
「そんな……無理です! 俺は父の代からの約束で、村の鍛冶を低価格で請け負う代わりに税を免除されていたはずだ!」
それは、亡き前村長とイゾルフの父が交わした、村の存続のための尊い約束だった。しかし、現在の村長はその契約書を隠蔽し、知らぬ存ぜぬを貫く。
「契約? そんなものはどこにもない。俺はそんな約束など知らん。払えなければ、今すぐこの工房を明け渡せ」
イゾルフの所持金は、明日のパンを買うのがやっとだ。金などあるはずがない。
「そんな……それじゃあ、ここで生きていけないよ」
イゾルフの困窮した顔を見て、村長は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ならば、その剣を差し出せ。あれを古物商に売れば、お前の借金などチャラにしてやってもいい」
『……イゾー』
イゾルフの脳内に、天之尾羽張の冷徹な声が響く。それは甘い囁きのように、しかし雷鳴のような響きを持って。
『あの男、貴様のすべてを奪い、貴様という存在すらも消し去るつもりだぞ。それでもなお、貴様は我を磨き、村のために鉄を打ち続けるというのか?』
村長はイゾルフが窮地に陥り、泣きついてくるのを期待して立ち去った。だが、イゾルフの手の中にある神剣は、今、今まで以上の熱を帯びていた。
平穏を愛した鍛冶師の心の中で、何かが折れ、そして何かが生まれた。
「……税金、ですか」
イゾルフは誰もいない鍛冶場で、天之尾羽張を見つめた。
神殺しの刃が、鈍く光る。村長という権力が、神を敵に回したことに気づくのは、そう遠い未来ではなかった。




