第21話 世界から捨てられた英雄――勇者アサギの孤独な悪足掻きと、崩壊する王国の末路
勇者アサギが単身でイゾルフを強襲した――その愚行の報せは、一行に潜んでいたドワーフの密偵によって即座にドワルドへ、そしてドワーフの王国本土へと電撃的に報告された。
「何だと……!? あの下等な勇者めが、イゾルフ様と天之尾羽張様を襲撃しただと……ッ!?」
報告を受けたドワルドは、鍛冶場を吹き飛ばさんばかりの烈火の如く激怒した。神剣を崇めるドワーフたちにとって、勇者の行為は信仰と誇りに対する最大級の侮辱であり、決して許されざる暴挙であった。
ドワルドは直ちにドワーフ国王へ進言。噂は尾ひれをともなって瞬く間に世界中へ駆け巡った。「強欲な王国と愚かな勇者が、ドワーフ至高の宝剣を力づくで強奪しようとした」と。
事態を重く見たドワーフ王国は、世界に向けて正式かつ苛烈な声明を発表した。
『勇者アサギを至高の宝剣を狙った全土指名手配の重大犯罪者と認定する。同時に、勇者アサギおよび彼に味方する一切の者、組織、国家に対し、我がドワーフ王国は完全な経済・技術絶交を宣言する』
この世界におけるドワーフの技術と武具生産力は絶大だ。宣言を受けた瞬間、王国以外のすべての国家や組織は手のひらを返した。
昨日まで「世界の救世主」とアサギを讃えていた者たちが、一転して彼を「強欲な犯罪者」「世界の敵」と猛烈に糾弾し始めたのだ。
さらに、大聖堂の教会も迅速に動いた。聖女と聖騎士トールは、教会の存続と民を守るため、勇者アサギとの永遠の絶縁を公式に宣言した。
「アサギ……私たちはもう、あなたを救うことはできません」
聖女の手によって召喚の契りは破棄され、アサギは死ねば二度と蘇ることのできない、ただの『命一つ限りの人間』へと引きずり下ろされたのである。
一方、王国の内部状況はもはや末期症状を呈していた。
周辺国が国境を越えて軍を進めてくると、迎撃するはずの領主や領民たちは、武器を取るどころかもろ手を挙げて敵軍を大歓迎した。
なぜなら、この腐敗した王国が滅び、別の国の領土になれば、「ドワーフ国からの絶縁宣言」の対象外となり、再び鍛冶師たちが街に戻ってくるからだ。
「これで元の生活に戻れる……! 鍛冶師様たちが帰ってきてくれるんだ!」
「さっさとこんな糞みたいな王国は滅んでしまえ!」
誰もが王国の敗北を心から願っていた。それどころか、領主たちはこぞって城門を開き、積極的に敵国の傘下へと収まっていったのである。
このような絶好の機会を、周辺国が見逃すはずもなかった。領地を強奪した後の民衆の反発や政治的混乱など微塵も存在しない。
民が自ら歓声を上げて降伏するのだから、攻め込まない理由がない。周りの国々が一斉に王国へ向け、雪崩のように宣戦布告を突きつけた。
そんな絶望的な狂乱の中で、ただ一人、孤軍奮闘を続ける男がいた。勇者アサギである。
「俺は勇者だ! この国を守るんだッ!」
アサギは折れた聖剣の代わりに、王国に残されたなまくらの鉄剣を握り締め、尖兵として戦場を駆け巡った。魔王を倒したその超人的な戦闘力で、攻め寄せる敵国軍を次々と押し返してみせる。
しかし、彼がどれほど華々しく大活躍を重ねようとも、それを喜ぶ者は誰一人としていなかった。
戦場でアサギが血を流して勝ち誇っても、守られたはずの領民たちから向けられるのは、凍てつくような冷ややかな死線――「なぜ余計な真似をするんだ」「早く滅びろ」と言わんばかりの、泥のような蔑みと深い侮蔑の目であった。
「なぜだ……!? 俺は世界を救った勇者だぞ!? お前たちを守るために戦っているんだぞ……ッ!?」
民からの罵声と拒絶に、アサギの精神はゴリゴリと削られていった。だが、彼がいくら一つの戦場で勝利を収めたところで、広大な国土で同時に発生する無数の戦場すべてに駆けつけることなど不可能だった。
アサギのいない戦場では、王国の兵士たちが戦意を喪失して次々と降伏し、王国の領地は日を追うごとに、まるで陽に透ける氷のように縮小していった。
あっという間に広大だった王国は削り取られ、ついには王族の住まう王都周辺の直轄領地だけが残されるまでに追い詰められた。
そして――終わりの時は呆気なく訪れた。
四方から包囲した隣国連合軍の鉄の靴が、ついに王都の城門を撃ち破ったのだ。
「勇者よ! 頼む、私たちを……王国を守ってくれぇぇッ!」
玉座の間でガタガタと震え、醜く命乞いをする国王と愚かな貴族たち。
しかし、四方を埋め尽くす敵兵の群れと、怒りと冷笑を浮かべた将軍たちの前に、手垢のついた「勇者」の名など何の意味もなさなかった。
王国は隣国に完全に飲み込まれ、滅亡した。
欲に目が眩み、神剣の威光を冒涜し、一人の少年の平穏を奪った王族と貴族たちは、誰一人赦されることなく全員が処刑台の上で首を跳ねられた。
かつて自分を讃えた栄光の王城が血と炎に包まれる中、勇者アサギは身ぐるみ剥がされ、着の身着のまま泥に塗れて王都から逃げ出した。
折れた聖剣も、勇者としての誇りも、帰るべき場所も、そして命を繋ぐ奇跡の加護すらも失った男は、冷たい雨が降る闇の街道を、ただ惨めに、亡者のように彷徨い歩くのであった。




