第20話 絶望に震える勇者アサギ――叩き折られた聖剣と、孤立無援の王国
「がはっ……! はあ、はあ、はあ……っ!」
強烈な喪失感と強大な冷気。首を断ち切られた衝撃と痛みの余韻に苛まれながら、四つん帶いになって激しく喘いでいたのは、勇者アサギであった。
周囲を見渡せば、そこは大聖堂の奥深くに存在する『蘇生の召喚の間』。命を落とした勇者を、神の奇跡によってこの世に留め置くための聖域であった。
「な、何なんだ……!? あいつは一体何なんだ……っ!? 『首斬り』……っ、ん……?」
荒い息を吐きながら床に手を突いたアサギは、自分の手元に転がっている『何か』に目を取り、絶句した。その手に握られていたはずの聖剣が、中央から美しく滑らかに一刀両断され、無残に二つに分かたれていたのだ。
「あああああああああッ!? せ、聖剣が……聖剣があぁぁぁッ!!」
魔王を滅ぼし、邪神すら打ち破った伝説の聖剣。神の加護を宿した無敵の刃が、まるで大根か何かのように呆気なく切断されている。アサギは自分の手と、二つに割れた刀身を交互に見つめ、全身を激しい震えに支配された。
アサギは生気を失った足取りで、トボトボと召喚の間をあとにした。廊下を静かに歩き、聖女の部屋の前にたどり着くと、力なく扉をノックする。
室内から「お入りなさい」と澄んだ声が聞こえ、扉を開けて中へと入る。机で書類に目を通していた聖女は、アサギの姿を見るなり首を傾げた。
「あら、アサギ。もう『首斬り』を倒してきたのかしら? ずいぶんと早かったのね」
「……い、いや。……殺された。……召喚の間で、蘇り……聖剣も、斬られた……」
アサギは悲痛な面持ちで、中央から真っ二つに叩き折られた聖剣を聖女の前に差し出した。その顔は酷く青ざめ、完全に打ちのめされていた。
「え……っ!?」
聖女は目を見開き、驚愕の声を上げた。自慢の聖剣が呆気なく破壊されている現実と、アサギの惨状。
「アサギが蘇るなんて……あなたがこの世界に初めて召喚された頃以来じゃないの……!?」
「あ、ああ……」
「……また、挑むのでしょう?」
聖女の問いに、アサギは力なく伏し目がちに答えた。
「あ、ああ……」
「アサギらしくないわね。いつもなら、『当然また行くよ! 次は負けない!』って元気良く言いそうなのに」
「まったく……勝ち筋が見えない。聖剣もこの通り斬られたし……」
アサギは膝の上に落とした折れた聖剣を見つめ、深いため息を漏らした。その声には、かつて世界を救った勇者としての自信や覇気は一切感じられなかった。
「魔王を倒して、邪神も封印した勇者らしくないわね。……そんなに強かったの? その首斬りは」
「強い……と言うか……わからない。一瞬で……聖剣と共に首を斬られたんだ。何が何だか、本当に何も分からないんだ……」
アサギの手は未だに恐怖で震えていた。構えた瞬間に世界が反転し、次の瞬間には死んでいたのだ。攻略の糸口どころか、敵がどのような攻撃を繰り出したのかすら認識できていない。
「……言っておくけれど、私も聖騎士のトールも、魔法使い(魔女)さんも手伝えないわよ? 私たちはアサギと違って、死んだらそこで終わりなのだから」
「分かってる……」
「まあ、私とトールが手伝えないのは、鍛冶師の方々と敵対できないという理由も大きいけれどね。教会の聖騎士隊だって、鍛冶師の方々に武具を造ってもらっていたのよ。修理もしてもらわなければ、明日からの治安維持すら出来ないわ」
「え……? 鍛冶師と敵対……?」
アサギがぽかんとした顔で見つめ返すと、聖女は心底呆れたようにため息をついた。
「本当に何も知らないのね、アサギは。王国はこの件で、鍛冶師ギルドと完全に敵対したのよ。王国の強欲な貴族が、鍛冶師の宝を奪おうとして罪のない鍛冶師のギルド長を惨殺したのがすべての発端だわ。そして……その愚行の報いとして、王国からすべての鍛冶師が出ていってしまったの」
「えっ……!?」
「アサギ、あなたは聖剣を壊されたけれど、これからどうするつもりなの? 『首斬り』のイゾルフさんと敵対した今、この国で新しい武器なんて手に入らないわよ?」
「ど、ドワーフに頼んで……新しく造って……くれないかな?」
情けなく縋るような声を上げるアサギに、聖女は冷たく事実を突きつけた。
「無理ね。本部のドワルドさんが王国と完全に決別して、職人を全員連れて出ていったわ」
「聖騎士の武器は借りられないかな?」
「教会は鍛冶師と敵対しない!さっき言ったでしよ。鍛冶師と敵対した勇者に武器を貸したなんてバレたら、教会からも鍛冶師が撤退して、教会自体成り立たなくなるわ」
「じ、じゃあ国王様に言って、王国の宝物庫にある優秀な武器を……!」
「王国にまともな武器なんて残っていないわよ。修理すらできない状態なんだから。それどころか、国の武威が落ちたことを知った周辺国が、いまにも王国の領地を狙って侵攻しようとしているの。騎士たちに武器を持たせなければ、戦争にすら勝てないわ」
「他、他の国は……味方になってくれないのか……!?」
「なるわけないじゃない。どの国も、鍛冶師ギルドやドワルドさんたちと敵対したくはないもの」
孤立無援。国中から鍛冶師が消え、至高の神剣を怒らせた王国は、今や世界中から見捨てられた破滅寸前の泥船であった。
しかし、すべてを知らされてもなお、アサギは自身の歪んだ正義感と功名心から逃れることができなかった。
「……でも、俺はこの国に認められて、勇者になったんだ。国王様を……裏切るわけにはいかない……!」
折れた聖剣を強く握りしめ、アサギは血走った目で呟いた。自分が間違っていたと認める恐怖、そして「勇者」という栄光の座にしがみつく浅はかな誇りが、彼をさらなる地獄の深淵へと引きずり込んでいくのだった。




