第16話 夜の広場に散る最凶の刺客――神剣一閃、闇を裂く絶対の屠殺者
静まり返った夜の街を、イゾルフはただ一人、月光を浴びながら歩いていた。
昼間の賑わいが嘘のように静まり返った路地に、重厚な足音と金属が微かに擦れ合う鋭い音だけが響く。
ガルドを失った胸の奥の傷口は、未だ真っ赤な血を流しているかのように痛んだ。だが、その痛みが深ければ深いほど、イゾルフの目には冷たく静かな光が宿っていた。
イゾルフが足を進めると、やがて開けた石畳の広場へと出た。
周囲の建物の影から、ぬうっと五つの怪しい人影が滑り出してくる。
『ふむ……足元に湧いた害虫は五人。いや、木陰や屋根裏に潜伏者が三人。敵は計八人だな』
頭の中に、天之尾羽張の尊大で冷徹な声が響く。神の眼を持つ神剣にとって、闇に紛れて息を潜める刺客の気配など、掌の上の豆粒を見ているようなものだった。
「お前がイゾルフだな!」
正面に立った影が、だみ声で叫んだ。
イゾルフは何も答えない。無言のまま、冷ややかな瞳で男たちを睨みつけ、腰の天之尾羽張の柄へとそっと手を伸ばした。
「ククク、街の騎士二十人を一人で倒したと聞いて、どんな凶悪な化け物が出てくるかと思えば……ただのヒョロヒョロしたガキの鍛冶師じゃねえか。元ギルド長のじじいが血眼になるのも頷ける」
男は焦る様子もなく、淡々と低い声で言葉を紡ぐ。腰から引き抜いたのは、人ひとりの身の丈ほどもある巨大な大剣だ。
「貴様個人に何の恨みもないがね。元ギルド長が提示した膨大な報酬と、その腰にある国宝級の宝剣のために死んでもらうぜ。……俺の名は――」
「名乗る必要はない」
――サクッ。
名乗りを上げようとした男の首が、滑らかに胴体から滑り落ちた。
ドサリと巨大な大剣とともに倒れ伏す男の死体。
「な、何だと!? あの『竜殺しの大剣』の異名を持つAランク冒険者、ミツルギがあっさり首を斬られただと!? 馬鹿な!」
広場の隅、暗い木の陰に隠れていた男が、信じられないものを見たようにガタガタと震えながら呟いた。
「ふ〜ん……なかなかやるじゃない。でも、力任せの剣士と私を一緒にしないでちょうだい。私は――」
死体を踏み越えるように前へ出た女刺客の頭上に、まばゆい炎の二重魔法陣が急速に展開していく。周囲の空気が一瞬で跳ね上がり、広場の石畳が熱気で歪む。
しかし――言葉の途中で、女の首もまたすぽんと胴体から離れていた。
「えええっ!? 『紅蓮の魔女』エンカまで……! 魔法を完成させる前に一瞬で……!」
木陰の男は絶句し、息を吐くことすら忘れて硬直した。
「くっ……一筋縄ではいかないって訳か!」
「ハッ、久々に本気で行かせてもらうぜ!」
女の死体が倒れると同時に、二人の男が左右から同時に跳んだ。
左からは目にも留まらぬ速度で振るわれる双剣使い、右からは鋭い突きを繰り出す細剣の使い手。二人は息の合った完全な連携で、イゾルフの死角を突いて左右から襲いかかる。
だが、彼らがイゾルフの間合いに到達することすら許されなかった。
サクッ、サクッ。
二つの乾いた切断音。ふわりと描かれた緋緋色の光の軌跡を追う間もなく、二人の首が同時に宙を舞い、血柱を吹き上げながら石畳を転がった。
「あの最凶兄弟ヤンとレンまで……ッ!」
木陰の男の引きつった呟きを、天之尾羽張が拾い上げ、イゾルフの脳裏へ直接届ける。
『ほほう、Aランクの魔獣キラーベアを二人だけで屠るほどの猛者だそうぞ? 下等生物の群れとしては、少しは歯ごたえがあると思ったのだがな。期待外れもいいところだ』
「死ねぇぇっ!」
その時、イゾルフの足元に伸びる影から、漆黒の闇で形成された数十本の槍が突き出た。闇の魔術を用いた必殺の不意打ち。
「やったか!?」
暗闇の中に身を潜めていた暗殺者が、手応えを感じて不気味に呟く。
だが、イゾルフが天之尾羽張を軽く一閃させると、放たれた絶対的な神気が闇の槍を粉々に粉砕、消失させた。
「な……っ!?」
驚愕で目を見開いた男の視界が、瞬時にグラリと傾く。自分が首を削ぎ落とされ、転がっているのだと理解する間もなく、男の意識は永遠の闇へと没した。
「はあぁぁっ!? 『闇の狩人』シャンドまで……! や、ヤバい……ヤバすぎるぞあいつ! ただ者じゃねえ!」
木陰の男は脂汗をだらだらに流し、歯をガチガチと鳴らした。
――シュッ!
その直後、夜の静寂を切り裂いて、一筋の猛毒の吹き矢がイゾルフの喉元を目がけて疾走した。影からの極限の無音攻撃。
カチン!
イゾルフは振り返ることもなく、背後に向けた天之尾羽張の刀の平で、寸分違わず吹き矢を受け止めて弾いた。
そして、そのまま滑らかな動作で天之尾羽張を一閃。
屋根の上で吹き矢を構えていた女殺し屋の首が、呆気なく屋根瓦を転がり落ちていく。
「くっ……『無音の殺し屋』センまで殺された……!」
「……残りは、二人か」
イゾルフは低く冷たい声を漏らし、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、姿を消す光学迷彩の魔道具を纏っていたはずのナイフ使いが、金縛りに遭ったかのように棒立ちになっていた。
イゾルフの鋭い視線が自分を捉えていることに絶望した男は、一歩も動けないまま、静かに首を落とされて崩れ落ちた。
「ひぃっ……! 『不可視の殺し屋』インビまで……! 無理だ、こんなの勝てるわけねえ! 俺は降りた! 降りたぞ!」
木陰に潜んでいた最後の男――元冒険者ギルド長に雇われた最高額の刺客が、両手を高く上げて木陰から這い出してきた。全身から滝のような汗を流し、情けなく命乞いをする。
「降参だ! 俺はもう戦わん! 金で雇われただけなんだ、頼むから見逃してくれ!」
しかし、イゾルフは無言のまま、氷のように冷たい瞳で男を見つめ続けた。
許すつもりなど毛頭ない。神剣を狙い、自分たちの平穏を脅かそうとした悪党に与える容赦など、今のイゾルフには欠片も残っていなかった。
「な、なんだよその目は……死ねぇぇっ!」
男は怯えたフリをしながら、急に顔を醜く歪ませた。
破れかぶれの男の胸元から、三本目の怪しい機械の腕がぬうっと垂れ下がり、そこに握られた未知の魔導具――魔導銃が、イゾルフの胸元を正確に照準した。命乞いは、不意打ちで殺すための醜い罠だったのだ。
だが、男が引き金を引くよりも早く――。
天之尾羽張の刃が、夜の闇を無慈悲に切り裂いた。
スパッ。
「あ……が……?」
胸の三本目の腕もろとも、男の首が滑らかに胴体から離れ、石畳の上をコロコロと転がった。魔導銃がカシャンと乾いた音を立てて落ちる。
血の海と化した夜の広場。
八人の凄腕の刺客たちは、誰一人としてイゾルフの衣の裾に触れることすらできず、全滅した。
『ふむ、少しは退屈しのぎにはなったか。イゾルフよ、次はいよいよ一千の豚どもだな』
天之尾羽張の不敵な笑い声が、イゾルフの胸の中に響く。
イゾルフは静かに血の付いていない刀身を収めると、暗闇の街道の先……迫り来る一千の軍勢の方角を見つめ、静かに歩みを進めるのであった。




