第15話 迫り来る千の軍勢と闇の刺客――神剣の笑みと夜を焦がす殺戮の予兆
王都にて国王とドワルドの不毛な激論が連日続いていた頃、事態の元凶である件の領地の元領主は、豪華絢爛な城の床に醜く平伏していた。
すがりついた相手は、己の主筋にあたる親の侯爵であった。
「侯爵様ぁぁッ! どうか……どうかあの生意気な鍛冶師どもに、そしてあの悪魔のような宝剣を持つイゾルフというガキに天罰を下してくださいッ! 私の爵位も、財産も、すべてあのガキのせいで失われたのですッ!」
頭を床に叩きつけ、血を流しながら狂ったように憎悪を撒き散らす元領主。その執念は、すべてをイゾルフという青年にかぶせ、復讐することだけに注がれていた。
その訴えを聞く侯爵の顔もまた、苦々しく歪んでいた。
近隣から質の良い武具の注文が殺到し、多大な利益と極上の装備をもたらしていた寄り子の領地。それが一夜にして崩壊し、優秀な鍛冶師は消え、寄り子は爵位剥奪。自分自身の派閥の勢力と財源が大きく削られたことに、侯爵は激しい苛立ちを覚えていたのだ。
「フン、たかが二十人の重装騎士を倒した程度で、神気取りか。田舎の騎士どもが油断して殺されただけに過ぎん」
侯爵の鼻を鳴らす音には、傲慢な自信が満ち満ちていた。
侯爵の手下には、百戦錬磨の精鋭騎士が山ほどいる。寄り子の情けない騎士二十人など、一瞬で捻り潰せる猛者たちだ。
その己の権力への過信が、侯爵の判断を決定的に誤らせた。
「要は、あの鍛冶師どもを捕らえて奴隷にし、強制労働させれば済む話だ。さすれば、特上の武具は我が領地で独占生産でき、国宝級の宝剣も私の手に入る。怪我の功名というやつだな」
侯爵は下品な笑みを浮かべ、机を叩いた。
「二十人を倒した化け物が相手だとしても、百人も送れば確実に殺せる。……だが、念には念を入れよ。我が配下の精鋭騎士、一千名を派遣せよ! 鍛冶師どもを包囲し、一人残らず引きずり回してこい!」
「おお……っ! 一千の騎士隊! 感謝いたします、侯爵様ッ! あのガキどもを八つ裂きにしてくださいッ!」
元領主は歓喜の涙を流して平伏した。
しかし彼らはまだ知らなかった。己の浅はかな強欲で解き放とうとしているのが、一千の軍勢すら一瞬で呑み込む地獄の業火であるということを。
◇◇
時を同じくして、解雇通達を受けすべてを失った元冒険者ギルド長もまた、どろどろとした暗い憎悪の炎を燃やしていた。
「私財没収だと……? ふざけるな、誰が大人しく指を咥えて破滅を受け入れるかよぁっ!」
性悪な元ギルド長は、本部の調査が入る直前、ギルドの金庫にあったすべての金品を強奪し、夜闇に紛れて街を逃亡していた。
近くの怪しい街の地下組織に身を潜めた彼は、昔から繋がりのあった闇ギルドの太いパイプを叩き起こした。
「おい……王都へ向かっているあの鍛冶師どもを追え! 特にイゾルフというガキだ! あいつを殺してあの宝剣を奪い取れ! 成功すれば、奪った宝剣の売却益と、俺の全財産から莫大な報酬を払ってやる!」
元ギルド長の呼びかけに応じたのは、裏社会に名を馳せる一癖も二癖もある上級の殺し屋たち、そして金を積まれれば何でもする最悪の悪党冒険者たちであった。
ギラついた殺意を抱く凶悪な刺客たちが、闇に紛れて王都へと続く街道へとなだれ込んでいく。
◇◇
王都へと続く街道の途中にある小さな街。
長旅の疲れを癒すため、副ギルド長をはじめとする鍛冶師たちは宿を取り、束の間の休息をとっていた。
その宿の一室、暗がりの中から気配もなく姿を現したのは、全身を黒装束で包んだドワーフ――ドワルドが差し向けた本部の極秘諜報員であった。
「イゾルフ様、副ギルド長様。お耳に入れておかなければならない報せがございます」
無表情な諜報員の言葉に、副ギルド長が顔を強張らせる。
「どうした……? またあの街の追手か?」
「いえ……侯爵家が動きました。一千名の正規騎士隊がこちらへ向かって進軍中。さらに、逃亡した元冒険者ギルド長が雇った闇ギルドの殺し屋と悪党冒険者の群れが、すでにこの街に潜入しております。標的はイゾルフ様と、天之尾羽張様です」
「な……一千の騎士に、殺し屋だと……!?」
副ギルド長は血の気を引き、絶望に身体を震わせた。自分たちのせいで、またしてもこの街が戦火に巻き込まれてしまうのか。
だが、イゾルフの腰に差された神剣『天之尾羽張』は、恐れるどころか、刃を微かに鳴らして不敵に打ち震えた。
『ククク……不敬なる雑種どもが、次から次へと群れて集まりおって。どこまでも身の程を知らぬ豚どもよ』
脳裏に直接響き渡る、神剣の尊大で冷酷な嘲笑。
『イゾルフよ、こちらから打って出るぞ! この宿に留まっていては、健気に我らを奉る鍛冶師どもが巻き添えを喰らうからのう』
イゾルフは悲しげに瞳を伏せた。
「……はい。人を殺したいわけじゃない。でも……もうこれ以上、仲間や親しい人の死体は見たくありません」
イゾルフは静かに立ち上がり、天之尾羽張の柄に手をかけた。ガルドを失った悲しみは、今や迷いを断ち切る絶対の覚悟へと変わっていた。
「待ってくれ、イゾルフ! 俺も行く!」
副ギルド長が決死の覚悟でハンマーを握り締め、イゾルフの前に立ち塞がった。
「お前一人にそんな業を背負わせられるか! 俺たちだって鍛冶師だ、ガルド様の仇を討つ一助になりたい!」
死を覚悟した副ギルド長の叫び。しかし――。
『やめておけ! 我が威光の前に、余計な足手まといは不要! 我とイゾルフに任せよ!』
天之尾羽張の絶対的な神威が、雷鳴のような声となって副ギルド長の頭の中に直接轟いた。
「ぐっ……!?」
あまりの威圧感と神聖な圧力に、副ギルド長は膝から崩れ落ち、床に額を擦り付けて平伏するしかなかった。抵抗など微塵も許されない、圧倒的な神の命令。
「副ギルド長……みんなをお願いします」
イゾルフは静かにそう告げると、夜の闇へと一人滑り出していった。
夜風が吹き抜ける街道の先で、一千の軍勢と凄惨な刺客たちが待っている。神剣の赤い光が、闇夜の中で禍々しく、そして美しく輝き始めていた。




