第14話 愚者どもに訪れる惨めな破滅――神剣を怒らせた王国と、絶対なるドワーフの宣告
「り、領主様ぁぁぁッ! 大変にございますッ! た、助けてくださいッ!」
領主館の重々しい扉を叩き割り、泥と己の小便に塗れて転がり込んできたのは、イゾルフの刃から命からがら逃げ延びた唯一の生き残りの騎士であった。
豪華な執務室で、不安と焦燥に苛まれながら指を噛んでいた領主は、青ざめた顔で立ち上がった。
「ど、どうなった!? 鍛冶師どもを捕らえたのか!? あの宝剣は奪い取ったのだろうな!?」
「無理です! 不可能ですあんな化け物ッ! あ、あいつは……あのイゾルフというガキは人間じゃありません! 騎士隊二十人が……一瞬で、一瞬で首を跳ねられて全滅しましたぁぁッ!」
「な……なんだと……!?」
領主の顔から、一瞬で血の気が失せた。あまりの衝撃に膝の力が抜け、ドスンと下品な音を立てて豪華な椅子へと崩れ落ちる。肥満した巨体がガタガタと震え、額から滝のような冷や汗が噴き出した。
「お、二十人の重装騎士が……全滅……!? ひ、ひぃぃっ! そ、そんなバカな……! では、鍛冶師どもは……!?」
「街から……街から一人残らず逃げていきましたぁっ! もう誰もおりません!」
「あ……あぁ……あああぁぁぁッ!!」
領主は頭を抱え、獣のような惨めな悲鳴を上げた。
その瞬間に理解したのだ。己の強欲が、この領地に何をもたらしたのかを。
この街の鍛冶師たちは、神剣を拝むようになってから驚異的な技術向上を遂げていた。近隣の領地や街道から、高品質な武器や防具を求めて商人や冒険者が押し寄せ、多大な税収をもたらしていたのだ。しかし、彼らはもう二度と戻らない。
それだけではない。兵士の武具の補修はもちろんのこと、領民たちが日々使う包丁も、農具も、鍋すらも修理できる職人が街から完全に消え去ったのだ。
「う、嘘だ……! たかが職人どもが消えたくらいで……! だ、誰か別の鍛冶師を雇えば……!」
領主が爪を立てて机を引っ掻いていたその時、王都からの早馬が届いた。差し出されたのは、国王の親書――ではなく、金で縁取られた絶対的な『爵位剥奪および領地召し上げの書状』であった。
『鍛冶師ギルド本部との協定を独断で破棄し、至高の技術者を虐殺・追放せし不徳の罪により、汝の爵位を剥奪する。即刻、全財産を没収のうえ国外追放とする』
「ひぎぃぁぁぁッ!? わ、私の財産が……私の領地がぁぁっ! 嫌だ、嫌だぁぁっ! こんなはずではなかったのにぃぃっ!」
領主は床に突っ伏し、泥に顔を擦り付けながらボロボロと汚い涙を流して発狂した。
悲鳴を上げていたのは領主だけではない。
冒険者ギルドの執務室では、ギルド長が泡を吹いて倒れかけていた。
「な……『冒険者ギルド本部からの解雇通知書』だと……!? 冗談だろ、おい!?」
冒険者にとって、武具のメンテナンスや購入ができない街など死地に等しい。噂を聞きつけた冒険者たちは、蜘蛛のの子を散らすように他の街へと去っていった。
依頼を受ける者もおらず、機能不全に陥った冒険者ギルド。本部からは『管理能力の欠如およびギルドの機能停止』を理由に、ギルド長の即刻解雇と私財差し押さえが命じられたのだ。
「頼む……! 撤回してくれぇっ! 俺はただ、あの宝剣で大儲けしたかっただけなんだぁぁっ!」
ギルド長は無人のギルドで頭を打ち付け、誰も聞いていない叫びを虚しく響かせるのだった。
そして、事の元凶である衛兵隊長もまた、悲惨な末路を辿っていた。
給料の支払いは完全に滞り、住んでいた借家からは叩き出され、街の住民からは「お前たちの強欲のせいで街が滅んだ」と石を投げられる日々。かつて威張り散らしていた男は、ボロ布を纏い、着の身着のままで街を追い出されるように逃げ出していくしかなかったのだ。
◇◇
一方、王都の壮麗なる王城。
応接間では、この国の国王と、鍛冶師ギルド本部のトップであるドワルドによる、緊迫した口論が続いていた。
「ドワルドよ! 怒りは分かるが、どうか考え直してくれぬか!」
国王は王冠を濡らすほどの脂汗をかき、必死の形相で頭を下げかけていた。
「あの領地からの鍛冶師の全撤退など、周辺領主たちからのクレームが殺到して国が立ち行かん! それに……我が国の正規騎士を二十人も惨殺したイゾルフという犯人の身柄だけは渡してもらわねば、王国の威信が保てんのだ! せめて……せめてその者が所持する聖剣と思われる宝剣を国に寄付するならば、今回の件は不問に処してやってもよい!」
国王は強気な言葉を混ぜ込もうとしたが、その声は微かに震えていた。
元より、この王国が他国に対して圧倒的な武威を誇れているのは、ドワルド率いる鍛冶師ギルドが提供する超高品質な武具のおかげなのだ。ドワルドに去られれば、国全体の軍事力が暴落する。
対するドワルドは、腕を組み、冷ややかな眼光で国王を睨みつけていた。
「寝言は寝て言え、国王」
「な……なに!?」
「ガルドの理不尽な殺害、そして我ら鍛冶師の至高の神……天之尾羽張様を強奪しようとしたあの街の愚者どもの罪。撤退は妥当であり、当然の報いだ。我が判断に一切の狂いはない」
ドワルドの態度は一歩も引かない。
彼らにとって天之尾羽張は単なるチート武器や宝剣などではない。鍛冶師という存在の頂点に君臨する『絶対の神』なのだ。
そして、その天之尾羽張様が唯一自らの意思で語りかけ、触れることを許したイゾルフという青年。
ドワルドや本部の古参鍛冶師たちにとって、イゾルフは神の言葉を伝える『最上位の巫女』にも等しい神聖な存在であった。
現に、ドワルドは本部の多忙な業務を押し切ってでも、月に一度は必ず幹部たちを引き連れてイゾルフの元へ参拝に訪れ、天之尾羽張様を拝顔して祈りを捧げているのだ。
その神聖な使徒たるイゾルフと天之尾羽張様を、愚かな国王や貴族に引き渡すなど、口が裂けても承諾できるはずがなかった。
「平行線だな、ドワルド! 犯人の出頭すら拒むというなら、我らとしても――」
「言っておくが、国王」
ドワルドは立ち上がり、地鳴りのような重厚な声で言いのけた。
「これ以上、イゾルフと天之尾羽張様に不潔な手を伸ばそうとするならば……我ら鍛冶師ギルドは、この国から全員撤退する」
「ぐっ……!? 全、全員だと……!?」
「そうだ。国内すべての工房を閉鎖し、職人を引き上げる。王国の兵士どもには、せいぜい木の枝でも振らせて国を守らせるがいい」
「そ、そのようなことをしてみろ! 周りの貴族たちが何と言うか……!」
「知ったことか。神を汚した罰を受け入れよ」
ドワルドは吐き捨てるように言い放つと、国王に背を向けた。
威厳を誇っていたはずの国王は、崩壊していく自国の未来と、貴族たちからの激しい抗議の板挟みになり、顔を真っ青にしてガタガタと震えることしかできない。
「ま、待て……ドワルド……! 頼む、待ってくれ……!」
哀れな国王の制止の声すら無視し、ドワルドは大股で応接間を後にした。
絶対的な神剣の威光と、それを守る熱狂的な鍛冶師たちの絆の前に、国家という権力すらもただただ平伏するしかなかったのである。




