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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
82/413

3.8.07


 カタセ村を出て6日目の昼。


 オレ達は、スピカの外壁の前まで来た。

 アルクが、守衛に剣の柄を見せる。

 するとあっさり、街への通過を許可された。


「ソウジさんも、お札を見せれば、通してくれると思いますよ。まぁ、面倒ごとが増えるかもしれませんが」


 冗談じゃない。

 デバイスを取り出すのは、人がいないところに限定しよう。


「まずは、宿へ参りましょう。部屋が空いているといいのですが」


 街は賑やかだったが臭い。

 そこらじゅうから漂う、公衆便所のような匂い。


 しかし、アルクも、クラゲも、気にしていないようだ。

 これが普通なのだろうか。


 そして街の人たちが交わす言葉がわからなかった。

 やはり、英語に似ている。

 異なる時間の流れの中で、独自の方言に進化したのだろうか。


 アルクに促されて、辿り着いた宿は、城門からも近かった。

 3階建てだ。


 これまで、見てきた建物は、すべて平屋。

 せいぜい屋根裏の中二階がある程度の建物しか見てこなかった。


 この街では、この宿だけじゃない。

 見渡す限り、屋台をのぞけば、すべて2階建て以上だ。

 平屋を探すほうが難しい。


 宿に入ると、中は小奇麗で、ハーブの匂いが漂っていた。

 外の匂いも多少入ってくるが、宿としての気品を醸し出している。


 アルクが、受付とおぼしき場所で、女性と会話を始めた。


 オレ達は、3人とも、野盗スレスレの汚らしい格好だった。

 にもかかわらず、女性は笑顔で対応している。


「部屋が取れました。少し休みながら、今後の打合せをしましょう」


 オレ達は、アルクの後に続き、階段を昇る。

 部屋は3階。

 扉を開けると、ソファーの並ぶリビング。

 左右の壁にも扉がついている。


「まず先に服装ですね。

 この街では悪目立ちしすぎです。

 衛兵の仕事を増やすことにもなりかねません。

 話が済んだら、服を買いに行きましょう」



「お、おう……そうか……そうだよな、嫁にも嫌われちまうしな」


 現代日本人のオレはともかく、田舎者のクラゲは、いつもの調子をなくしていた。

 嫁探しの前途は、多難だろう。


「ああ、それと……大事な注意点があります」

「なんだよ?」


「鉄コインを全て確認させてください。街で、偽造の鉄コインを使うと、捕縛されます」


 オレと、クラゲは、持っている鉄コインをアルクに見せる。

 結果、全て偽造の鉄コインだった。


「カネがねぇのに、どうやって服を買うんだよ……」


「そうですねぇ……

 ひとまず、ここまでの護衛の報酬をお支払いしましょう。

 少しお待ちください」


 言い終わると、アルクは部屋から出て行った。


 オレは泥だらけのズボンのままで、桃のような色のソファーに腰を下ろす。

 落ち着かないクラゲは、残りの扉を開けたりして、部屋の中を散策していた。


「見ろソウジ……ワインだ。一杯やるか」


 どこから見つけてきたのか、クラゲが手に持っているのは、蓋がされた花瓶の陶器だった。

 クラゲが、その花瓶をソファーテーブルに下ろす。


 蓋を取ると、シナモンの芳醇な香りと、胸に沈むようなアルコールを帯びたリンゴの匂い。


「カップもあるぞ」


 陶器でできたコーヒーカップだ。


 クラゲが、カップにドロドロの液体を注いでいく。

 流れる液体に、なにかの粒やカスが混じっている。


「この一杯を、カタセ村の酒場で呑んだら、いくらだ?」

「あそこにゃ、置いてねぇが……そうだな……鉄コイン3枚……いや4枚」


 村人の1日の稼ぎが吹き飛ぶ液体。

 それを、ひと口、舌に絡ませた。


 すりおろしたばかりのようなリンゴの舌触り。

 そして甘い。甘すぎる……

 その甘ったるさの後に湧き上がるアルコールの重み。


 これがワインだというのか……

 甘すぎるネクターにアルコールを混ぜたような味だった。


 もうひと口。

 だめだ……甘すぎる。


 クラゲを見ると、とろけるような恍惚の表情を浮かべていた。

 リンゴのネクターワインをチビチビと舌に染み込ませている。


「お待たせしました。おや、リンゴのワインですか。いいですね」


 アルクが戻る。

 手にカボチャのようなコイン袋を提げていた。


 それを、テーブルの上にドサッと置く。

 アルクがコイン袋から取り出したのは、銀貨だった。


「10枚ずつお渡しします。

 ああ、ここの宿代は、私が持ちますので、ご安心ください」



 銀貨10枚。

 農民の年収に匹敵する金額だった。


 コインを数えるアルク。

 口をあけたまま、それを見ていたクラゲが言った。


「……うそだろ……おれ、もう村に帰ろうかな」


 よもやアルクが、富裕層だったとでもいうのか。


「ダメですよ。しばらくこの街に留まっていてください。

 ソウジさんも、クラゲさんもです。

 そのための準備金も、含まれています。

 そうですね……最低10日……でかまいません。

 まぁしかし、10日でクラゲさんの嫁が見つかるとは思えませんけどね」


「さらっと、ひでぇこと言うな、アルク」


「この部屋も、10日借り切っています。

 まずは服を買いに行きましょう。

 その後は自由に行動していただいて構いません」



「おまえはどうするんだ?」


「私は、明日の朝、馬車で王都へ行きます。

 馬車なら王都まで半日です。

 10日以内に戻ります。ソウジさんも、どうですか? ご一緒に?」



「すまんが、用事を済ませてからだ」


「シチリさん……でしたか。それでは、服を買ったら、役所の場所までご案内しましょう」


「助かる」


 わからない……


 アルクという男が、わからなくなってしまった。

 ウガーラ村で、オレの殺害を命じたアルクが、今はオレに親切だ。


 オレの経験だけでは、対応しきれない。


 やめよう。考えるな。

 とにかく今は、シチリを探す。


 10日以内に探し出して、アルクが戻る前に、連れて帰ればいい。



 やることは、それだけだ。




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