3.8.07
カタセ村を出て6日目の昼。
オレ達は、スピカの外壁の前まで来た。
アルクが、守衛に剣の柄を見せる。
するとあっさり、街に入ることができた。
「ソウジさんも、
お札を見せれば、通してくれると思いますよ。
まぁ、いろいろと面倒ごとが増えるかもしれませんが」
冗談じゃない。
デバイスを取り出すのは、人がいないところに限定しよう。
「まずは、宿へ参りましょう。部屋が空いているといいのですが」
街は賑やかだったが臭い。
そこら中から漂う、公衆便所のような匂い。
しかし、アルクも、クラゲも、気にしていないようだ。
これが普通なのだろうか。
そして街の人たちが交わす言葉が分からなかった。
英語のようだが、英語とも少し違う気がする。
異なる時間の流れの中で、独自の方言に進化したのだろうか。
アルクに促されて、辿り着いた宿は、城門からも近かった。
3階建てだ。
これまで、見てきた建物は全て平屋。
せいぜい屋根裏の中二階がある程度の建物しか見て来なかった。
この宿だけじゃない。
街中にある建物は、見渡す限り、すべて2階建て以上だ。
宿に入ると、中は小奇麗で、ハーブの匂いが漂っていた。
外の匂いも多少入ってくるが、宿としての気品を醸し出している。
アルクが、受付とおぼしき場所で、女性と会話している。
女性は笑顔で対応している。
オレ達は、3人とも、野盗スレスレの汚らしい格好だった。
「部屋が取れました。少し休みながら、今後の打合せをしましょう」
オレ達は、アルクの後に続き、階段を昇る。
部屋は3階。
扉を開けると、ソファーの並ぶリビング。
左右の壁にも扉がついている。
「まず先に服装ですね。
この街では悪目立ちしすぎです。
衛兵の仕事を増やすことにもなりかねません。
話が済んだら、服を買いに行きましょう」
「お、おう……そうか……
そうだよな、嫁にも嫌われちまうしな」
オレはともかく、田舎者のクラゲは、いつもの調子を無くしていた。
嫁探しの前途は、多難だろう。
「ああ、それと……大事な注意点があります」
「なんだよ?」
「鉄コインを全て確認させてください。
街で、偽造の鉄コインを使うと、捕縛されます」
オレと、クラゲは、持っている鉄コインを、アルクに見せる。
結果、全て偽造の鉄コインだった。
「カネがねぇのに、どうやって服を買うんだよ……」
「そうですねぇ……
ひとまず、ここまでの護衛の報酬をお支払いしましょう。
少しお待ちください」
言い終わると、アルクは部屋から出て行った。
オレは泥だらけのズボンのままで、ソファーに腰を降ろす。
落ち着かないクラゲは、立ち上がり、残りのドアを開けたりして、部屋を散策していた。
「見ろソウジ……ワインだ。一杯やるか」
どこから見つけてきたのか、クラゲが手に持っているのは、蓋がされた花瓶の陶器だった。
クラゲが、その花瓶をソファーテーブルに降ろす。
蓋を取ると、シナモンの芳醇な香りと、胸に沈むようなアルコールを帯びたリンゴの匂い。
「カップもあるぞ」
陶器でできたコーヒーカップだった。
クラゲが、カップにドロドロの液体を注ぐ。
流れる液体に、なにかの粒やカスが混じっている。
「この一杯を、カタセ村の酒場で呑んだら、いくらだ?」
「あそこにゃ、置いてねぇが……そうだな……鉄コイン3枚……いや4枚」
ひと口、舌に絡ませる。
すりおろしたばかりのようなリンゴの舌触り。
そして甘い。甘すぎる……
その甘ったるさの後に湧き上がるアルコールの匂い。
これがワインだというのか……
甘すぎるネクターにアルコールを混ぜたような味だった。
もうひと口。
だめだ……甘すぎる。
クラゲを見ると、とろけるような恍惚の表情を浮かべていた。
リンゴのネクターワインをチビチビと舌に染み込ませている。
「おまたせしました。
おや、リンゴのワインですか。いいですね」
アルクが戻る。
手にカボチャのようなコイン袋を提げていた。
それを、テーブルの上にドサッと置く。
アルクがコイン袋から取り出したのは、銀貨だった。
「10枚づつお渡しします。
ああ、ここの宿代は、私が持ちますので、ご安心ください」
銀貨10枚。
農民の年収に匹敵する金額だった。
コインを数えるアルク。
口をあけたまま、それを見ていたクラゲが言った。
「……うそだろ……おれ、もう村に帰ろうかな」
よもや、アルクが、富裕層だったとでも言うのか。
「ダメですよ。しばらくこの街に留まっていてください。
ソウジさんも、クラゲさんもです。
そのための準備金も、含まれています。
そうですね……最低10日……でかまいません。
まぁしかし、10日でクラゲさんの嫁が見つかるとは思えませんけどね」
「さらっと、ひでぇこと言うな、アルク」
「この部屋も、10日借り切っています。
まずは服を買いにいきましょう。
その後は自由に行動していただいて構いません」
「おまえはどうするんだ?」
「私は、明日の朝、馬車で王都へ行きます。
馬車なら王都まで半日です。
10日以内に戻ります。
ソウジさんも、どうですか? ご一緒に?」
「すまんが、用事を済ませてからだ」
「シチリさん……でしたか。
それでは、服を買ったら、役所の場所までご案内しましょう」
「助かる」
わからない……
アルクという男が、わからなくなってしまった。
ウガーラ村で、オレの殺害を命じたアルクが、今はオレに親切だ。
オレの経験だけでは、対応しきれない。
やめよう。考えるな。
とにかく今は、シチリを探す。
10日以内に探し出して、アルクが戻る前に、連れて帰ればいい。
やることは、それだけだ。




