3.8.06
旅は、順調だった。
革水筒は新品だったが、エールを入れる前に一度洗った。
食中毒はもう、うんざりだ。
アルクに洗い方を聞いて、炭を溶かした水で洗った。
ボーテス村を出て2日目の夕方。
遠く雲にかすんでいた山脈が、ハッキリと見える。
予定では、これが最後の野営だ。
クラゲは「ベリーかセージを探してくる」と言って、何処かへ行ってしまった。
アルクと2人で、焚火の準備をする。
「スピカはどんな街だ?」
「とても大きな町です。
宿屋も、酒場もたくさんありますし、王都への駅馬車もありますよ」
「駅馬車? ウマがいるのか?」
「ええ。ご存じですか? ウマを?」
「ウマには乗らないのか?」
「乗る? あんな危険な生物に? 御冗談でしょう」
オレの知ってるウマでは無いのだろうか。
いや、それよりも……
「その大きな街で、シチリという女性を探したい。
何かいい方法はあるか?」
「はて、どのような女性でしょうか?」
思えば、40年前にカタセ村から嫁いだ女性……とだけしか知らない。
探せるのか……?
「名前と年齢だけでも、探せるか?」
「役場へ行けば、手掛かりが得られるかもしれません。
ただ……ソウジさん、エングル語は、話せますか?」
「エングル語?」
「Souji-san, do you understand my word?」
(ソウジさん、ドゥユゥェンダスタェン、マイワォード?)
……英語?
「それは、英語か。エングル語?」
「えいご……は、存じませんが、カタセ村の地域とは、言葉が異なります」
「アルクは、両方、話せるのか」
「ええ。私は、母親がヴィルゴの生まれで、父親がアネコウジという街の出身です。
2人から、二つの言葉を教えられました」
「すまん、オレにエングル語は、ムリそうだ。
簡単な、単語なら分かるかもしれないが…」
「う~ん……お手伝いしたいのは、やまやまですが、
私は荷物を王都に届けるのが先です。
早くしないと、シユフが拷問を受けるかもしれません……
この際ですから、ソウジさんもご一緒に、王都まで……」
ガサガサと、草を踏み分ける音。
警戒したが、クラゲだった。
「なんだ、どうした。2人とも無表情で。
あぁ……わりぃ、それは、いつもか」
クラゲは、手に木の実と草を掴んでいる。
「まぁいいや、メシ作ろうぜ」
まいったな……
探すだけでも、面倒なのに、言葉も通じないのか。
「クラゲは、エングル語できるか?」
「ん? まぁ少しな。
アロハの婆さんが、若いころはスピカに住んでたらしくてよ。
ちなみに、マスターも得意ぞ。
んで、子供の頃に教わった。
じゃなきゃ、スピカくんだりまで嫁さん探しにこねぇよ」
少しほっとした。
クラゲを連れてきて、本当に良かった。
翌日。
夜明けの途中で野営地を出た。
昼になる少し前。
オレ達は、丘の上から、街を見下ろしていた。
街道沿いに農家が点在し、道の先に街を取り囲む赤茶色の壁。
壁の内側には、数百はあろうか、大小さまざまな家々が密集していた。
風にのって、微かなパンの匂いと、鐘の音が聞こえてくる。
「付きましたね。スピカの街です。
まずは、今夜の宿を取りましょう。
オススメの宿を知っていますよ。
カタセ村の酒場ほどではありませんが、食事も美味しいです」
信用すると決めたはずの、アルクの言葉に不安を覚える。
ここもまた、オレの知る場所ではない。
獣の棲む森の中と大して変わらない。
眼下にあるのは「人」という魔物がひしめき合う、人工の森だ。
「どうしたんですか、行きますよ? ソウジさん」
「なにビビってんだソウジ。行こうぜ」
「ああ。そうだな。着いたなスピカに」
何があってもいいように。
心の準備はしておこう。




