3.8.05
6月20日、日曜日。
昨日の豪雨は収まり、小雨になっている。
傘は差さずに小走りで、集合場所のネカフェへ。
時刻は、午前10時。
カラオケブースの戸を開けると、未希とまゆが、熱心にマンガを読んでいた。
積上げられているマンガのタイトルが、やたらと長い。
ソファーに腰かけると、まゆが言った。
「おとめ座」
「なにがだ?」
「スピカ、ボーテス、アルク・トゥールス、王都ヴィルゴ……
ぜんぶ、おとめ座! おとめ座王国!」
「それがなんだ」
「みきのパパが作った国じゃないとおもう」
「……なんか、ヒントが必要になったら、思い出すといいかも」
「そういうことか。わかった。覚えておく」
だとしても。
オレは、おとめ座どころか星座のことすら知らない。
役に立つ可能性は、低そうだ。
それと、今度こそ魔法を試せと言われたが、無理なものは無理だ。
今日は、テーブルの上に立つのではなく、テーブルに座ってログインする。
まゆが、パソコンを開いて、カチカチと音をたてている。
「それじゃあ、行ってくる」
「うん。死なないでね」
ログインを始める。
未希のメモリアと、オレのメモリアとの温度差。
真剣ではない未希の顔が、それを示していた。
目を瞑る。
最初に聞こえたのは、イビキの二重奏。
それと男の体臭。
そして埃臭く、カビ臭い。
女子高生2人がマンガを読んでいた個室の空気は微塵も無い。
目を開くと、薄暗い小屋の中。
天井は藁積み、斜めの三角屋根。
オレは、藁のベッドの上だった。
半身を起こし、辺りを見渡す。
クラゲとアルクが、床で寝ていた。
どうやら……
オレは死なず、殺されもしなかった。
吐き気も無いし、寒気も無い。
カラダは元に戻っている。
ここはボーテス村なのだろうか。
夜中というだけで時間もわからない。
起きたはいいがどうにもならない。
眠くないが、また目を閉じた。
朝まで、待とう。
翌朝。
最初に目覚めたのは、アルクだった。
「ソウジ。気分はどうですか?」
「アルク……」
悪いが、先に言っておく。
「なんともない。病気は治っている。
ありがとう。
だがな、王様に会うのはまた、別の話しだからな」
「わかっていますよ。
これから、説得していきます。
改めて、よろしくお願いしますね。ソウジさん」
アルクが、オレをさん付けで呼んだ。
吐き気は治まっているのに、気持ちが悪い。
「おおぉ、ソウジ……起きたのか」
クラゲだ。
「もういいのか?」
「ああ。ここはどこだ?」
「ボーテス村のおれの知り合いの家だ。ひと晩、泊めてもらった」
「この村には、酒場もありません。クラゲさんがいてくれて、助かりました」
その後、宿主の夫婦に挨拶をした。
とても親切な夫婦だった。
朝食のお礼に「あれ見せてやってくれ」と、クラゲにせがまれたので、デバイスを出した。
「お……おぉぉ……わたしびと様……」
やめてくれ。
オレは、拝まれるような人間じゃない。
アルクが、横で笑いを堪えている。
それから、今後の予定を立てる。
どのみち、ここで野営か宿泊をする予定だったらしく、旅に遅れはなかった。
酒場は無いが、雑貨屋はあった。オレは新しく革水筒を買った。
銀貨1枚と交換で、十数枚の鉄コインのおつりと、革水筒を受け取った。
それから、民家を回り、エールと食糧を集めた。
「次のメシ代はおれのおごりだ」
食糧の代金は、クラゲが全て支払った。
なぜだ? と聞くと、拾い集めた野盗のコイン袋で、かなり儲けたらしい。
クラゲも、穏やかに死ねる男じゃなさそうだ。
最後に、宿主に礼を言って、オレ達は、ボーテス村から出発した。
「牛車はどうしたんだ?」
「さっきの夫婦にあげちまったよ。普通に歩く方がはえぇだろ」
どうりで、夫婦も親切なわけだ。
ここからまた3日。
次は、スピカの街だ。
「アルク。おとめ座って知ってるか?」
「ええ、もちろん。我が国の守護星座です。
ですが、呼び名が違います。
我が国では、王都の名と同じ、ヴィルゴと呼ばれています」
「王様はどんな人だ?」
「我が国の王は、ペルセポネと呼ばれ、代々女性が努めます。
とても美しく、お優しく、そして聡明な女王様です。
拝謁したくなりましたか? ソウジ?」
……少し。
ほんの少しだが、アルクの国に興味が湧いた。
渡し人よりも古い時代のプレイヤーの痕跡。
だが、今回の旅とは関係がない。
「会う時間は無い。次の機会にしてくれ」
いつも無表情のアルクが、残念そうだ。
オレは、クラゲと、そしてアルクに救われた。
オレの命じゃない。未希の存在が救われた。
いつか、何かの形で、借りは返そう。
いつか……な。




