3.8.04
とにかく寒い。
意識が遠のく寸前だった。
ガラガラと、牛車が動いている。
酷い振動。
全身がだるい。そして重い。力がまったく入らない。
これは、もしかして……死ぬんじゃないだろうか。
アルクに、何かされたのか……
それはいい、今はいい。
考えるのはヤメよう。
ログアウトするべきだ。
ログインしなおせば、この病も治る。
「……アルク」
「大丈夫ですかソウジ。もうすぐ村ですよ。
ほんとに死んでしまいそうですね」
「オレは、渡し人だ。死んでも生き返る。
だが、死んだら次は、25年後だ」
「困りましたねぇ……私はともかく、今の王は代替わりしてしまうかもしれません」
「クラゲ、頼みがある」
「なんだ、なんでも言え」
「オレは、これから動かなくなる。目覚めるのは、たぶん夜中だ。
だが、この病は治る。死なずに目覚める」
「おう、そ、そうか。
噂に聞く、わたしびと様の超回復か」
「アルクと2人で、オレを守ってくれ……」
「おう、わかった。任せろ」
「……アルク、オレから信頼を得たいか」
「ええ、それはもちろん」
「次におまえと会うのが……ボーテス村……なら……」
もう……ダメだ……
意識を失う……
失ったら、二度と目覚めないかもしれない……
オレは、左手を叩いて、デバイスを出す。
「おまえを信じよう……」
最後に言い残して、
『CONNECT』に触れる。
目を閉じて『Logout』に触れた……
静かな空間だった。
甘ったるい匂いがする。
目を開けると、未希がオレを見上げていた。
「おにいちゃん、お帰り。
ログアウトするとこ、初めて見た」
眩暈と共に、さっきまでの苦しみが、ウソのように消えた。
オレは、ネカフェのカラオケブースに戻っていた。
足元には、テーブル。
隣のブースのヘタクソな歌声で壁が震え出した。
「やっぱり、違う……みきさんのログアウトの時と」
「ん?まゆさん、なにが?」
「電波の揺らぎ。デバイスごとに、周波数もパターンも違うのかも」
2人が、意味の解らない会話をしている。
オレは、そのままテーブルに座り込んだ。
「おにいちゃん、お行儀わるいよ」
「また、死にかけた」
「また? こんどはなに?」
「革水筒を洗い忘れた」
「……え?」
まゆを向いて、まゆに問う。
「あれは、たぶん重度の食中毒だ。
意識を失う前に、ログアウトしてきた。回復するよな?」
「ログアウトすれば、ニフィル・ロードのカラダは、時間が止まる。
それ以上悪化もしない。ログインすれば、体調は初期状態に戻る……はず」
「ログアウト中に、だれかに、ナイフで刺されたらどうなる」
「刺され具合にもよるだろうけど、深ければ、ログイン直後に致命傷を受けて、死んじゃう」
アルクと、クラゲ次第か。
デバイスを見ると、ログインリチャージ30時間。
未希は、まだ消滅していない。
まだ失敗していないということだ。
今は、それでいい。
それ以上は、考えない。
「ちょっとタバコ吸ってくる」
精神的に、どっと疲れた。
カラダは、全く疲れていないし、どこにも異常は無い。
食中毒で死にかける体験をした。
その壮絶な記憶だけが、この健康なカラダに染みわたっている。
なんとも無いのに、カラダが重い。
奇妙だ。
喫煙ブースに入り、タバコに火を付ける。
あ……タバコを止めようと思っていた。
また吸ってしまった。
カラオケブースに戻る。
ニフィル・ロードの滞在時間は、51分だった。
中で起きた3~4日間のことを、2人に話した。
次は、明後日の朝。
日曜日なので、午前中から、集まろうということになった。
カラオケブースは埋まってしまうからと、まゆがパソコンを開いて、予約の手続きをしている。
サイフからカネを出す。
ここの支払いだと言って、2人に2万円渡す。
未希も、まゆも、文句を言わずに受け取った。
とくに、未希はカネを持っていない。
未希は、家では、父親や母親に、なにも要求しない。
そして、今日はお開きになった。
2人とは駅で別れ、オレはアパートに直行した。
布団に寝転がり、天井を見つめる。
本当に、恐ろしい体験だった。
今でも記憶だけの違和感がカラダを侵蝕している。
斧で頭を割られるほうが、まだマシだ。
病気とは、あれほど恐ろしいものなのか。
それでも、やがて、意識が落ちた。
気が付くと、翌朝。
6月19日、土曜日。
外は、梅雨本番の、酷い雨だった。
雨音が、窓の外で轟音をあげている。
ログインデバイスは、まだリチャージ中だ。
なにもすることが無い。
スマホを見ると、メッセージの履歴。
未希だった。
『マンガの続きが気になるから、今日もまゆさんと、ネカフェ』
こんな雨の中でか。
カネを渡しすぎたか。
『おにいちゃんも来る?』
『今日は休ませてくれ』
オレは、スマホを放り投げて、また布団に寝転がった。
ニフィル・ロードの存在を知ってから、今日で1週間。
目まぐるしい7日間だった。
今日は、ゆっくりしよう……




