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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
78/415

3.8.03


 スピカへの旅が始まった。


 クラゲは、人当たりの良い男で、深く詮索するようなこともしない。

 アルクともすぐに打ち解けたようだ。


 アルクが既婚者だと聞いて、良い嫁さんを見つけるにはどうしたらいいかと、旅すがら指南を受けていた。

 26歳で、独身というのは、この世界の社会では深刻なのだろうか。


 オレ達は、小休止を挟むことなく夕方まで歩き続けた。

 暗くなる前に、小川を見つけ、近くで野営をした。


 その日の晩飯は豪勢で、クラゲが持ち込んだ野菜をたっぷり煮込んだシチューだ。

 ただし、調味料もダシも無いので、味は薄い。

 それでも、腹は充分に膨れた。


 野営の見張りは3交代。

 オレ、クラゲ、アルクの順だとアルクが提案した。

 クラゲが2番手なのは、昼間だけで信頼を得た証だろう。


 オレが1番手なのは、3番手のアルクを見張りたいならどうぞという含みを感じる。

 見透かされている。

 アルクはオレを信頼しているのかもしれないが、オレはアルクを信用していない。

 その通りだ。


 だが、盗まれそうな物を持っているのは、アルクだけだ。

 それを見張れというのは、アルクを守るのと同義だ。

 利用する者、される者。

 ふざけんな。

 だから、朝まで、ぐっすり寝た。

 オレがアルクの思惑を利用した。今夜はオレの勝ちだ。



 翌日も、旅が続いた。

 太陽が、右から左へと移動する下で、オレ達は平原を歩き続けた。

 道は無い。平原だ。

 アルクの言う「あの山脈の切れ目を目指します」という言葉だけが、頼りだった。


 時折、森を迂回し、浅瀬の川を渡り、また夕方になる。

 夕食は、野菜の残りと、ベーコン。それと干し豆や乾パンをふやかしたスープだった。

 味も少しはまともで、量も充分だ。


 昨夜2番手だったクラゲが眠そうなので、今夜はオレが2番手を引き受けた。



 異変が起きたのは、見張りの時間だった。

 襲ってきたのは、野盗でもオオカミでもなく、ハラの違和感だ。

 胃が重い。そして昨日よりも寒気がする。

 見張りをアルクと交代し、横になったが、眠れない。


 胃の重さと、吐き気。

 なんだ……これは。


「どうしたんですか、ソウジ?」

「いや、ハラが……」

「食あたりですか?」


 エールを呑もうと、革水筒を取り出し、キャップを開ける。


「まってください……その革水筒、もしかして、だいぶカビてますね。洗ってますか?」


「洗うのか……これ……」


「ええ……まぁ、普通は、旅が終わったら洗います。すぐカビが生えますから。

 もう、呑まないほうがいいかも知れませんよ、それ?」


 これが原因なのか……?


 オレは、中のエールを捨てた。

 革水筒の底から出てきたのは、黒ずんだカビの塊だった。

 酸っぱい泥のような腐臭。

 もう一度横になったが、陽が昇るまで、眠れることは無かった。


 朝になり出発する。

 予定では、今日の昼に、ボーテス村だ。

 遅れるわけにはいかなかったが、ペースが落ちた。


 昼近くになって、見かねたアルクが、少し休みましょうと提案した。


 オレ達は、森沿いの木陰に腰を下ろした。

 クラゲが呑むか? と、キャップを開けた革水筒を差し出したが、断った。


 何も口にしたくない。


 気分は、最悪だ。

 冷や汗が流れ、寒気を感じる。

 意識が少し朦朧とする。

 休んで良くなるどころか、時間が経つごとに悪化していく気がする。



 しばらく座って風に当たっていた。


 風に乗って悲鳴のような甲高い声。

 クラゲが腰を落として、声の方を眺めている。

 アルクも視線を送り、剣の柄に手を掛けた。


 半キロほど先の平地で、複数の男達が、斧や剣で戦っていた。


 10人くらいだろうか。全員野盗のような格好をしている。

 その中で、ひとりだけ、異彩を放つ存在があった。


 喧噪の中央で。

 牛につながれた台車の上。


 髪の長い、若い女性の姿だった。


 歳は、十代後半だろうか。

 遠くて分かりにくいが、身なりは良さそうだ。


「あれは、なんでしょうか?」

「あの女をめぐって、野盗どもが乱闘でもしてんのか」


 クラゲとアルクの2人が、状況を観察している。


「4人と6人……ですね。4人が、中央の女性を守っているようです」


「助けに行くか?」

「助けたところで、私たちに何かメリットでも?」


「おれの未来の嫁かもしれねぇ」

「私とクラゲさんの2人で加勢すれば人数は互角になりますが……」


「いや、おれは戦えねぇし、行かねぇ」


 クラゲと、アルクがオレを見る。


「……オレは今日はムリだ。次の機会にしてくれ」

「まぁ、殺される前に死にそうですね」


「あ、逃げたぞ」


 見ると、女性が台車から降りて、駆け出していた。

 こちらの森に向かって走って来る。


「やべぇ、こっちに来るぞどうする?」

「関わりたくありません。隠れましょう」


 クラゲが真っ先に木陰に身を隠す。

 アルクは、オレを太い木の裏まで引きずった。


 女性が少し離れた森に入る。


 4人組の方は、全滅したようだ。

 生き残ったのは3人。

 その3人が、女性を追って、森へ駆けていく。


「逃げ切れますかねぇ」

「おれの未来の嫁。無事だといいなぁ」


「それより、あの牛車……なのですが……」

「おう、気が合うなアルク。おれも今、同じこと考えた」


 最初に、クラゲが牛車に駆け出していく。

 アルクは、オレを肩に担ぎ、後に続いた。


 牛車の周囲に倒れているのは7人。

 まだ、息がある者もいるようだが……

 クラゲがコイン袋を手早く回収している。


 アルクは、牛車にオレを載せた。

 少しだが、果物。リンゴが入った籠が載っている。


「さぁ、出発しましょう。ここからなら、夕方には、ボーテス村に到着できます」


 意識が朦朧とする……

 いま起きていたことが、なんなのか良く分かっていない。


 どうでもいい……

 とにかくオレは歩かずに、ボーテス村まで行けることになったようだ。



 その事実だけが、今のオレの意識を支えていた。




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