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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
66/425

3.6.05


 矢は綺麗に、腕を貫通した。

 だから腕は、まだ矢の貫通を認識していない。


 おかげで、金型を落とさずに済んでいる。

 花畑に踏み込み、すぐ手前の木の後ろに回り込む。


 木を背にして、矢が飛んできた方向の様子を窺う。


 トールスだろう。

 あいつは、夕闇の森でウサギを追跡し、矢で射貫けるほどのハンターだ。

 オレの尾行など簡単なことだろう。


 方角はおおよそ見当がつくが、居場所はわからない。


 考えろ。

 予測しろ。

 相手を出し抜け。


 腕を狙ったのは何故だ?

 まだ殺す気はないのか?

 それとも単に外しただけか?


 ひとまず、この金型だ。

 オレはつま先で足元を少し掘った。


 そこに金型を落とす。

 腰は屈めない。

 立ったままだ。

 つま先で落ち葉をかき集め、金型を隠す。


 それから移動する。

 腰を屈めながら、金型と似たサイズの石を拾う。

 森を出て川へ。

 水の中へ足を沈め、対岸へと向かう。


 風きり音は一瞬だった。

 何かが目の前を吹き抜けていく。


 トールスの腕を信頼しよう。

 あいつは外さない。

 であれば、早く走る必要はない。

 ペースを変えながら、川の中を適当に走る。


 対岸は、森と川の間に少し草地の余裕がある。

 オレはそこで立ち止まり、飛んで来る方向を見た。


 適当にランダムに左右にカラダを振る。

 矢は飛んでこない。

 飛んできたのは、トールスの声だった。


「なんかの踊りかソウジ? へたくそだなぁ」


 トールスを見つけた。

 対岸の森を背にして屈み、矢を添えた弓を水平に構えていた。


 オレも大声で答えた。

「そっちこそ、なんのつもりだ、花摘みの邪魔をするな」

「なんだ、クソでもしてたのか?」


 トールスが弓を引くと、素早く手を放した。

 矢をかわすなんて芸当はできないが。

 トールスの腕は信頼している。

 オレは少し、カラダを左にずらす。


 右脚の太腿を、矢が掠めた。

「やるなぁ。やっぱタダもんじゃねぇなぁソウジは」


 トールスが立ち上がり、川に足を踏み入れる。

 矢を添え、弓は水平に構えたまま。

 川を横切りながらトールスが言った。

「悪かったよ。少し話そうぜ。な?」

「なんの話だ」


「金型だよぉ。いま拾っただろ? 見てたぜ」


 石を持った右手を、後ろに回す。

 トールスが流れの早い川の中央まで歩く。

 オレは森に走った。

 矢を放つ音が聞こえたが、ハズレた。


 そのまま森の中へと駆け込む。


 腰を屈めて森を走る。

 矢は飛んでこない。

 それでもすぐ後ろにいるだろう。

 森でトールスから、逃げ切ることはできないだろう。


 森を駆けること十数分。

 石はどこかに捨てた。


 矢は飛んでこなかった。

 刺さったままの右腕が痛む。

 出血は酷くないが、痛みは酷い。


 掠めた右脚。

 革のズボンに掠った後がついているが、ケガはない。


 オレは川に戻った。

 夕陽が落ちかけ、森は暗い。


 トールスの位置はまるでわからない。

 だが、あいつは、オレを見ているはずだ。


 オレは川を渡る。

 すぐに矢が飛んできた。


 1射目は手前の水に跳ね返されて、どこかに飛んだ。


 対岸に辿り着こうとした直前。

 オレの右肩の近くだった。

 背中の衝撃のあと、カラダから矢じりが顔を出した。


 背中を貫通したようだ。

 だがこれで確信したことがある。


 ここまでだ。

 もういいだろう。


 オレにはまだ、切り札がある。


 対岸に辿り着き、川を向いて腰を下ろした。

 向かいの森に向かって、大声で話しかける。


「トールス、降参だ。話をしよう」


 しばらく待つと、対岸の森からトールスが現れた。

「良い心がけだ」


 矢を添えたままのトールスだったが、弓は下を向いている。


「金型はどこだ」

「森ん中だ。探してこい」


 なんだかんだで、1キロ以上は森を彷徨った。

 いくらトールスでも、見つけ出すのはムリだろう。


「おいおい、拷問させろってか。やめとけソウジ」

「なら、殺せ」


 オレは、左手を叩いた。

 ログインデバイスが手のひらに浮かび上がる。


「オレは、渡し人だ。

 殺しても、死なねぇし生き返る。

 25年後に掘り起こせば、金型はオレのものだ。

 それまで、おまえらは精々、森をほじくり返すんだな」


 オレの言葉を聞いたトールスが、唖然としていた。


 しばらく、川の音だけが流れた。

 夕陽は傾き、森の先は完全な闇に包まれていた。


「ヒデェ……なんてヒデェわたしびと様だよおめぇは……」


 トールスが、弓を肩にかけ、矢を筒に戻した。


「わかったよ。

 おまえにも報酬をやるからよぉ、こっちにつけよ。な? 

 おれぁ、ソウジは嫌いじゃねぇ。むしろ気に入ってんだ。

 おれ達の仲間にならねぇか? アルクも、ソウジなら歓迎するだろうよ」



「アルクはどうした」

「おまえが、立ち寄った一軒家に行ってるよ」


 ……アルクは、近くにいないと思っていいのか。

 それならトールスを倒せれば、この場は終わるよな。



「殺さねぇし、拷問もしねぇから、とりあえずそっちいくぞ」


 トールスが川を渡って来る。

 眼は真っ直ぐ、オレを見ている。


 ウソだ。

 金型を手に入れたら、トールスはオレを殺す。

 あの金型は偽造ではなく、試作品。

 限りなく本物に近いニセモノだ。

 オレがいなくなれば、事実を知る者は、25年先まで現れない。



「報酬はいくらだ?」

「知らねぇよ。アルクに聞け」


 トールスはもう、目の前にいる。


「分かったよ。金型の場所に案内してやる。だが、もう歩けない。手を貸してくれ」


「っはは。悪い悪い。ちょっとやり過ぎたか」


 トールスが立ち止まる。

 両足はまだ水の中。

 腕を伸ばせば届く。

 トールスの顔は笑っている。

 友好的な眼だ。


「あとで治療してやるからよ。矢はそのまんまで、しばらく我慢しろ。抜いたら血が噴き出て死んじまう」


 オレを気に入っているというトールスの言葉は真実かもしれない。

 最初に殺せたはずのオレが、まだ生きている。


「まさかソウジが、わたしびと様とはな。アルクも驚くぜきっと」


 トールスが、左腕を差し出した。

 オレも、左腕を伸ばし、トールスの手を掴む。

 ゴツゴツとしたトールスの手のひらの感触。

 顔には笑みを浮かべている。

 だからオレも笑みを返す。


 トールスはオレを殺す。

 金型を見つけたらオレは殺される。

 真実を知ったオレを生かしておく道理がない。

 トールスは、この森で、いつでもオレを殺せる。


 オレに必要なのは、オレが殺されないこと。

 トールスに必要なのは、金型の場所。

 かろうじて均衡を保ち、お互いにウソを並べている。

 用が済んだら、オレは殺される。


 選択肢は1つしかない。

 オレが有利なのは、いつでもトールスを殺せること。

 トールスはまだ、オレを殺せない。


 トールスが勢いよくオレを引き起こす。

 オレの右腕にある武器には気が付いていない。

 武器だと思っていないだろう。

 腕から突き出た矢じり。

 それがオレの腕に突き刺さっている。


 勢いを作ったのは、トールスだ。

 オレは、その勢いのままに右腕を軽く振る。

 トールスの首をめがけて。


 軽くでいい。

 トールスの肩にもたれ掛かるように。


 何かを察したトールスの眼の色が変わった。

 オレは眼を逸らして、トールスの首だけを見た。


 寸前に右腕に力を込める。

 途方もない激痛が走る。

 それでも、トールスほどじゃない。


 矢じりがトールスの首に突き刺さった。


「……っガッ……カハッ」


 トールスが何か喋ろうとしている。


 オレは右腕を捻って、矢の枝を力いっぱい折った。

 右腕に激痛が走る。

 だが、それもトールスほどではないだろう。



 オレはまだ、カウント24から退場するわけにはいかない。



 トールスの膝が崩れ落ちた。

 浅い川の水が飛沫しぶきを上げる。


 首の怪我は致命傷だ。

 この世界の医学じゃ治せないだろう。


 トールスは死ぬ。


 オレが殺した。


 膝をついたトールスが、うつ伏せに崩れ、水面に顔を沈めた。

 首から血が滲み、下流へと流れていく。


 オレは少し後ろに下がり、地面に腰を下ろした。

 トールスはもう、動かない。


 オレは初めて、人を殺した。

 いや……コイツは、NPCか……


 どうでもいい。



 タバコが吸いたい。




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