3.6.06
目の前に、動かなくなったトールスが居る。
陽はもう、間もなく落ちる。
辺りからは、鈴虫の鳴き声が木霊していた。
森は暗く、もう灯りなしでは、村に辿り着けそうもなかった。
右腕には、折れた矢が突き刺さり、肩付近にも矢が貫通している。
出血は少ないが、痛みは酷い。
左手を叩いて、デバイスを出す。
『 ELAPSED 00:52 』
新記録だ。
ニフィル・ロードで86時間も過ごした。
そして、久しぶりに、ボロボロだ。
ここでログアウトすれば、次のログインで全回復できる。
しかし、こんな真夜中の河原じゃ、安全とは程遠いだろう。
目の前には、獣の餌になりそうな肉まで転がっている。
まだ陽はかろうじて残っている。
少しでも、見えるうちに、小道へ戻ろう。
オレは、腕と肩の痛みを堪えて、立ち上がった。
目の前で川の流れを堰き止めているトールス。
オレは野盗じゃない。
遺留品は全て置いていく。
アルクの動向も気になるが、ひとまずガロムの家へ。
真っ暗な森へと足を踏み入れる。
森の先に、微かな闇の切れ目が見える。
左手を伸ばし、慎重に森をかきわけて進む。
道だ。
村はどっちだろう。分からない。
途方に暮れていると、風に乗った、微かな人の営みの匂い。
夕食の匂いだ。
もうあと少しで、何も見えなくなる。
風の吹いた方向を頼りに、オレは道を歩いた。
しばらく歩くと、前から松明の灯り。
誰でも構わない。ガロムの家の場所を教えてくれ。
近づくと、松明を持った男。
ルボンスだった……
「ソウジ、大丈夫か!
どうした、ひでぇ傷じゃねぇか。
矢傷か? 誰にやられた?」
「ルボンス。どうしたんだ、こんな時間に。散歩か」
「お……おう。そうだ、散歩だ。
帰りが遅せぇから、ついでに見に来た。肩かしてやるから、捕まれ」
「すまん……助かった」
オレは、ルボンスの肩を借りて、ガロムの家まで辿り着いた。
ガロムが、矢羽と矢じりを切り落とし、ルボンスが残った棒を引き抜く。
のたうち回りたいほどの激痛。
ルボンスが、傷口にエールをかける。
そのあとガロムが綺麗な麻布を傷に当てた。
またこの家族に助けてもらった。
ガスコスも入れたらこれで、3度目か……
その後のことはよく覚えていない……
目が覚めたのは、翌朝。
久しぶりの藁のベッドだった。
矢傷も痛むが、背中も痛い。
右腕と肩には、麻布が巻き付けられていた。
この部屋のことは覚えている。
クマに尻を削られて、同じようにここの家族に助けられた日も、ここで目覚めた。
ガロム達にまた助けられた。
カラダを起こして、ベッドから立ち上がる。
痛いが、動けないほどではなかった。
枝編みの戸が動いた。
部屋に入ってきたのは、ガロムだった。
「おきたかい、ソウジ。
全く……あんたは、いつも死にかけだねぇ。動いてだいじょぶなのかい?」
「ああ、大丈夫だ」
「腹減ってるだろ。メシできてるけど、その前にアンタにお客さん来てるんだけど、どうする?」
「客?」
「見た目はゴロツキだけど、言葉遣いは丁寧な男だね」
アルクか。
「分かった。会おう」
「あいよ。客は外で待ってるよ」
ガロムと一緒に部屋を出る。
「あっちだよ」
ガロムが、厨房の外を指で差す。
外に出ると、アルクがいた。
「おや……ソウジ、どうしたんですか? その怪我……?」
白々しいヤツだ。
「ちょっとな、転んだだけだ」
アルクの顔を見たが、表情からは、何も読み取れない。
「少し話そう。いいか」
「そうですね。私もソウジと話したいと思っていたところです」
オレとアルクは、ひと気のないところまで少し歩いた。
「金型は見つかったか?」
「シユフ……細工師の家へいきましたが、見つかりませんでした。彼は、本当に、金型については何も知らないようです」
アルクは腕組みをして、木に寄りかかった。
腰には、鞘に収まった、細長い剣が吊り下がっている。
「殺したのか?」
アルクとの距離は、3メートル程だが、オレは丸腰だ。
戦いになれば、オレは殺されるだろう。
昨夜もギリギリ生き残ったというのに、ここで死んだら、未希を助けることができない。
「ソウジ。わたしは殺人鬼ではありません。
本当に持っていないのであれば、殺す必要もありませんし、痛めつける必要もありません。
まぁ、トールスは違うようですが」
「なぜそれを信じた?」
「シユフのことは、以前からよく知っています。あれは、ウソを付くような人物ではありません」
少し引っかかるが質問を続けた。
「トールスはどうした?」
アルクの表情が少し険しくなった。
「夕べは、戻ってきませんでしたね」
トールスに尾行を指示したのは、アルクだろう。
そのトールスは戻らず、オレはこの怪我。
何が起きたか。
最初に顔を合わせた時点で、明白だ。
剣を抜かれる前に、先に言ってしまおう。
オレは、左手を叩いて、デバイスを出した。
「オレは、渡し人だ。殺しても生き返る」
さすがのアルクも、驚いたようだ。
「オレを殺せと指示したのは、おまえか?」
何秒か沈黙した。
「見つけたのですね? 金型を?」
「金型は隠した。
渡し人のオレなら、25年後だろうが、50年後だろうが。
おまえが死ぬまで、おまえは、金型を手に入れることはできない。
質問に答えてくれ。
オレを殺せと言ったのは、おまえだな? アルク?」
これで立場は、逆転したはずだ。
利用する者と、される者。
アルクがため息をつく。
「ええ……そうですね。私が指示しました。
ソウジが先に、金型に辿り着くようなら、金型を奪い、ソウジを殺せと。
ですが……聡明で、疑り深い、わたしびと様のソウジ。少し私の話も聞いてもらえませんか?」
「なんだ」
「あなたの能力を買っているんですよ、ソウジ。私がソウジに話したことは、半分本当で、半分ウソです。まぁ、それはおそらく、ソウジも気付いていますよね」
「どれが真実で、どれがウソだ」
「ふむ……
まずは、信頼を得るほうが先のようですね……
今は何を語っても、ソウジには信じてもらえないでしょう。
そうですね……」
アルクが、腰の剣に手を触れた。
オレは身構えたが、剣を鞘から抜くことはなく、紐をほどいて腰から外した。
そしてアルクは、剣をオレの足元に放り投げた。
「その剣を1日、あなたに預けましょう。あーでも……それは大切な剣なので、なくさないでくださいね……」
「なにがしたい?」
「あなたの信頼を得たいだけです。
僅か数日ですが、私は、ソウジという人物を信頼し、評価しています。その剣を抜いて私を襲うこともないでしょう。あるいはその剣を持ち去って、売り払う人間でもないということも」
「殺そうとしたオレから信頼を得てどうする? なにがしたい?」
「明日、その剣を持って、シユフの家まで来てください。そこで全てお話します。
ソウジと、そして、わたしびと様に。全てを……です」
言い終わると、アルクは立ち去ろうと歩きだした。
途中で振り向いて、付け加えた。
「あの……その剣なのですが……本当に大切なものなので……絶対になくさないでくださいね。……おねがいしますよ」
そしてアルクは、小走りで立ち去った。
だったら、持ち帰ればいいだろうに。
仕方なくオレは剣を拾う。
派手さはないが、実用的に見える鞘と、柄。
柄の中心には、何かの花の形の意匠があり、中央に男性の顔が彫られている。
この意匠。どこかで見たような気がする。
引き抜こうと思ったがヤメた。
剣を縄ベルトの腰に差し、ガロムの家へと戻る。
また面倒なことになりそうな予感しかない。
小屋に戻ると、ガロムがスープを用意していた。
ご馳走になるとしよう。




