3.6.05
矢は綺麗に、腕を貫通した。
だから腕は、まだ矢の貫通を認識していない。
おかげで、金型を落とさずに済んでいる。
花畑に踏み込み、後ろの森に入る。
飛んできた方向の木を背にして、様子を伺う。
トールスだろう。
あいつは、夕闇の森で兎を追跡し、矢で射貫けるほどのハンターだ。
オレの尾行など簡単なことだった。
方角はおおよそ見当が付くが、居場所が分からない。
考えろ。
予測しろ。
相手を出し抜く。
腕を狙ったのは何故だ?
まだ殺す気は無いのか?
それとも外したのか?
ひとまず、この金型だ。
オレはつま先で足元を少し掘った。
そこに金型を落とす。
腰は屈めない。
立ったままだ。
足で、落ち葉をかき集め、金型を隠す。
それから移動する。
腰を屈めて移動しながら、金型と似たサイズの石を拾う。
森を出て、川へ。
対岸へ走る。
風きり音は一瞬だ。
何かが目の前を吹き抜けていく。
トールスの腕を信頼する。
あいつは外さない。
であれば、早く走る必要はない。
ペースを変えながら、適当に走る。
対岸は、森と川の間に少し草地の余裕がある。
オレはそこで立ち止まり、飛んで来る方向を見た。
適当にランダムに左右にカラダを振る。
矢は飛んでこない。
飛んできたのは、トールスの声だった。
「なんかの踊りかソウジ? へたくそだなぁ」
トールスを見つけた。
対岸の森で屈み、矢を添えた弓を水平に構えていた。
オレも大声で答えた。
「そっちこそ、なんのつもりだ、花摘みの邪魔をするな」
「なんだ、クソでもしてたのか?」
トールスが弓を引くと、素早く手を放した。
矢をかわすなんて芸当はできないが。
トールスの腕は信頼している。
オレは少し、カラダを左にずらす。
右脚の太腿を、矢が掠めた。
「やるなぁ。やっぱタダもんじゃねぇなぁソウジは」
トールスが立ち上がり、川に足を踏み入れる。
矢を添え、弓は水平に構えたまま。
川を横切りながらトールスが言った。
「悪かったよ。少し話そうぜ。な?」
「なんの話しだ」
「金型だよぉ。いま拾っただろ? 見てたぜ」
石を持った右手を、後ろに回す。
トールスが流れが少し早い川の中央まで歩く。
オレは森に走った。
矢を放つ音が聞こえたが、刺さらなかった。
そのまま森の中へと駆け込む。
腰を屈めて森を走る。
矢は飛んでこない。
それでも、近くにいる。間違いなく。
森でトールスから、逃げ切ることはできないだろう。
森を駆けること十数分。
石は捨てた。
矢は飛んでこなかった。
刺さったままの右腕が痛む。
出血は酷くないが、痛みは酷い。
掠めた右脚。
革のズボンが引き裂かれ、太腿からも出血している。
オレは川に戻った。
夕陽が落ちかけ、森は暗い。
トールスの位置はまるで分らない。
だが、あいつは、僅かな変化で見当を付けるだろう。
オレは川を渡る。
すぐに矢が飛んできた。
1射目は手前の水に跳ね返されて、どこかに飛んだ。
対岸に辿り着こうとした直前。
オレの右肩の近くだった。
背中の衝撃のあと、カラダから矢じりが顔を出した。
背中を貫通したようだ。
だがこれで確信したことがある。
ここまでだ。
もう良いだろう。
オレにはまだ、切り札がある。
対岸に辿り着き、川を向いて腰を降ろした。
向かいの森に向かって、大声で話しかける。
「トールス、降参だ。話しをしよう」
しばらく待つと、対岸の森からトールスが現れた。
「良い心がけだ」
矢を添えたままのトールスだったが、弓は下に向けていた。
「金型はどこだ」
「森ん中だ。探してこい」
なんだかんだで、1キロは森を彷徨った。
いくらトールスでも、見つけ出すのはムリだろう。
「おいおい、拷問させろってか。やめとけソウジ」
「なら、殺せ」
オレは、左手を叩いた。
ログインデバイスが手のひらに浮かび上がる。
「オレは、渡し人だ。
殺しても、死なねぇし生き返る。
25年後に掘り起こせば、
金型はオレのものだ。
それまで、おまえらは精々、
森をほじくり返すんだな」
トールスが、唖然としていた。
しばらく、川の音だけが流れた。
夕陽は傾き、森の先は完全な闇に包まれていた。
「ヒデェ……なんてヒデェ、わたしびと様だよ、おめぇは……」
トールスが、弓を肩にかけ、矢を筒に戻した。
「わかったよ。
おまえにも報酬をやるからよぉ、
こっちにつけよ。な?
おれぁ、ソウジは嫌いじゃねぇ。
むしろ気に入ってんだ。
おれ達の仲間にならねぇか?
アルクも、ソウジなら歓迎するだろうよ」
「アルクはどうした」
「おまえが、立ち寄った一軒家に行ってるよ」
……アルクは、近くにいないと思っていいのか。
それならトールスを倒せれば、この場は終わる。
「殺さねぇし、拷問もしねぇから、
とりあえずそっちいくぞ」
トールスが川を渡って来る。
目は、真っ直ぐ、オレを見ている。
ウソだ。
金型を手に入れたら、オレを殺す。
あの金型は偽造ではなく、試作品。
おそらく限りなく本物に近いニセモノだ。
オレがいなくなれば、事実を知る者は、25年先まで現れない。
「報酬はいくらだ?」
「知らねぇよ。アルクに聞け」
トールスはもう、目の前にいる。
「分かったよ。金型の場所に案内してやる。
だが、もう歩けない。手を貸してくれ」
「っはは。悪い悪い。
ちょっとやり過ぎたか。
あとで治療してやるからよ。
矢はそのまんまで、しばらく我慢しろ。
抜いたら血が噴き出て死んじまう」
オレを気に入っているというトールスの言葉は真実かもしれない。
最初に殺せたはずのオレが、まだ生きている。
「まさか、ソウジが、わたしびと様とはな。アルクも驚くぜきっと」
トールスが、左腕を差し出した。
オレも、左腕を伸ばす。
ゴツゴツとしたトールスの手のひらの感触。
顔には笑みを浮かべている。
だからオレも笑みを返す。
トールスがオレの左腕を掴む。
トールスはオレを殺す。
金型を見つけたらオレは殺される。
真実を知ったオレを生かしておく道理が無い。
トールスは、この森で、いつでもオレを殺せる。
オレに必要なのは、オレが殺されないこと。
トールスに必要なのは、金型の場所。
かろうじて均衡を保ち、お互いにウソを並べている。
用が済んだら、オレは殺される。
選択肢は1つしか無い。
トールスが勢いよくオレを引き起こす。
オレの右腕にある武器には気が付いていない。
武器だと思っていないだろう。
腕から突き出た矢じり。
それがオレの腕に突き刺さっている。
勢いを作ったのは、トールスだ。
オレは、その勢いのままに右腕を軽く振る。
トールスの首をめがけて。
軽くでいい。
トールスの肩にもたれ掛かるように。
何かを察したトールスの目の色が変わった。
オレは目を逸らして、トールスの首だけを見た。
寸前に右腕に力を込める。
途方もない激痛が走る。
それでも、トールスほどじゃない。
矢じりがトールスの首に突き刺さった。
「……っガッ……カハッ」
トールスが何か喋ろうとしている。
オレは右腕を捻って、矢の枝を力いっぱい折った。
右腕に激痛が走る。
だが、それもトールスほどではないだろう。
ここで殺されて、カウント24から退場するわけにはいかない。
トールスの膝が崩れ落ちた。
浅い川の水が飛沫を上げる。
首の怪我は致命傷だ。
この世界の医学じゃ治せないだろう。
トールスは死ぬ。
オレが殺した。
膝をついたトールスが、うつ伏せに崩れ、水面に顔を沈めた。
首から血が滲み、下流へと流れていく。
オレは少し後ろに下がり、地面に腰を下ろした。
トールスはもう、動かない。
オレは初めて、人を殺した。
いや……NPCだったか……
どうでもいい。
タバコが吸いたい。




