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3.6.03


 ガロムに教えられた小道を進む。


 後ろの警戒はしていない。

 オレは知人を尋ねに行くだけだ。

 尾行を警戒すると、尾行しているヤツも、なにかあると勘ぐる。



 セクティオの家は、村の外れに建っていた。

 小道の先。森の中の一軒家。

 狩人の家だろうか、周囲には、シカやイノシシが、逆さに吊るされていた。


 家の前で、小さな女の子が、しゃがんでなにかをしている。

 みると、彫刻刀のようなもので、木を削り、人形のようなものを作っていた。


「上手いな。君がつくったのか」

 10歳にも満たない歳に見える。

「うん」

 女の子は、驚きもせずに答えた。

 視線も合わせずに、人形を彫っている。

 子供の割に指が長い。


 オレはしゃがんで、人形を眺めた。

 本当に上手だ。子供の遊びには見えない。

 彫っているのは、羽を生やした小さな人形。

 灯巫子だろうか。


「彫り方は、お父さんに教わったのか」

「うん」

「ナイフもお父さんの道具か?」

「そう。もう使わないからあげるって」

「お父さんはいるか?」


 女の子が、顔を上げる。

 初めてオレの目を見た。

 くりくりとした目が印象的な女の子だ。


「おうちにいるよ」

「そうか。ありがとう」


 立ち上がって、家屋の扉に近づく。

 細い丸太を組んだ扉は、半開きになっていた。


 扉を叩いたが反応がない。


「こんにちわ」

 家の中に声を掛ける。


「はい」

 奥の部屋から声。

 のっそりと、奥の戸口から男が左半身を出してこちらを伺った。

「どなたですか?」

 緑色のチュニックの上に、小奇麗なベストを着た、中年の男だった。

 うっすらと髭を生やしている。

 いままで見てきた小汚い農民とは違い、凡庸で清潔な印象だ。


 男が、扉の方に近づこう右脚を出す。

 オレはそれを手で静止した。

 念のためだ。


「少し話しが聞きたい。いいか?」


 男はオレを怪しんでいる。

 当然の反応だ。


 オレは小袋から、鉄コインを1枚出して、男に投げた。

 男は驚きながら、不器用そうに左手でコインをキャッチした。


 次の言葉は勘だ。


「彫刻を買いたい」


 男の顔が少し緩む。

「どこで聞きつけんですか?」

 言いながら、男が左半身を出す。


「ご覧の通り、私はもう引退しています」

 右腕の肘から先。

 シャツの布地がよれたまま、垂れ下がっていた。

 袖の先から出るはずの手が、そこには無い。

 男の右腕が、半分、無かった。


「その腕は?」

「事故に合いましてね。まぁ、私の不注意です。

 おかげで、仕事を無くしました」


 ハハハと、男は薄笑いをした。


「なにもありませんが、どうぞ」


 男は家の中にオレを招き入れた。

 戸を入ってすぐ。

 小さなテーブルと椅子。

 そこに座って、話しを始めた。


「おれはソウジだ。あんたは?」

「おや……知らずに来られたのですか?

 わたしは、シユフ、ご存じかと思いますが、元は細工師をしていました」


「王都でか?」

「ええ、そうですね。 

 腕ごと職を失って、今は御覧の有様ですが」


 男の目は、泳いでいない。

 訓練されているのでなければ、言っていることの半分以上は真実だろう。


 手札を切ろう。


「シユフ。鉄コインの金型が紛失していることは知っているか?」

「なんと……」


 シユフは驚きながら、言葉を続けた。


「紛失と言われましても、ここにはありません。

 細工師である以上、金型を持ち出すことがどれだけ重罪かは、よく存じております」


 なら、次の手札を切る。


「1つ、確認したい。

 シユフは、ニセの金型を作ったことはあるか?」


「あるわけないでしょう。

 妻と娘がいて、どうして、そのようなことができましょう。

 私だけでなく、家族共々、火あぶりにされてしまいます」


 シユフは、ただただ、驚いている。


「ああ、でも……」

「どうした?」

「試作品は作りました」

「それはどこに?」

「転居する際に置いてきています。

 王宮の者が回収しているはずです。

 ここにはありません」


 ウソを言っているようには見えない。

 それとも、オレが巧妙に騙されているのだろうか。


 最後の手札を切る。

 これは、念のためだ。


「おまえには、追手がかかっている。

 この村に居ることも知られている。

 しばらく身を隠せるところはあるか?」


「そんな……」

 シユフがテーブルに視線を落とす。

「あれば、こんな田舎に引っ越してきませんよ……

 いったい、どういうことなんでしょう。

 どうして私が……」


「良く聞け。

 次の訪問者が来ても、細工師であることは明かすな。

 それと、もう少し汚い格好をしろ。

 おまえは、村人には見えない」


「は…はぁ…」


「妻や、娘のためだ。できるか?」


「はい……しかし、ソウジさんは、なぜ?」


 確かにそうだ。

 どうしてだ。

 アルクや、トールスが信用できないからか?


 違うな……


「ただの気まぐれだ」


 結局、金型の行方はわからない。

 シユフがそれでも隠しているというのなら、いずれアルクが強引に見つけ出すだろう。

 その時は自己責任だ。


「見送りは良い。奥でじっとしていろ」


 そう言い残して、オレはシユフの家を出た。


 外では、娘が、まだ人形を彫っている。

 オレは、少女に近づいて、またしゃがむ。


 娘に声を掛ける。

 これも気まぐれだった。


「それは、灯巫子か?」

「うん。知ってるの?」

「ああ。オレも見たことがある」

「イェシカもねぇ。小川で、あかりみこ様と遊んだの」

「そうか。遊んでくれたのか」


 オレは、近づいたら逃げられたけどな。

 子供相手なら、逃げないのかな。


「うん。だからね、イェシカの宝物をあげたの」

「宝物か。どんな?」

「パパにはナイショだよ」


 イェシカと名乗った少女が囁き声に変わる。


「綺麗なお顔の女の人。ずっと目を瞑ってるの。

 だから、あかりみこ様と一緒にしてあげたの」


 ……まさか……な。


「それは、どんな色だ?」

「う~ん……ぎん色?」

「パパには、内緒なのか?」


 イェシカが、さらに低く囁いた。


(……パパのね、忘れ物。イェシカがこっそり持ってきちゃった) 


「……オレも、灯巫子に会いたいな。

 どこに行けば会えるかな」


「小川の真ん中で、お花のある場所」


「そうか。ありがとう、イェシカ。またな」

「うん。バイバイ」


 小川。

 この辺りの灯巫子川は、数十メートルの川幅がある大河だ。

 近くに小川があるのだろうか。


 ガロムに聞いてみよう。


 歩きながら、コインを取り出す。


 刻印は、女性の顔。目を瞑っている。

 イェシカが灯巫子に捧げたのは、ただのコインかもしれない。


 だが、もしかしたら……


 陽が傾き始めていた。

 遠くでハンマーを打ち鳴らす音が木霊している。


 オレは少し歩みを早め、ガロムの家へと急ぐ。



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