6.6.37 - おしえないごっこ
混乱した。
ダレもいなかった事務机から、日焼けしたことが無さそうなくらい、肌の白い少年が現れた。
目には、浮遊する青いゴーグル。
その少年が、わたしの肩に、なにか乗っているという。
まさか、霊感商法……?
少年が言った。
「まぁいいや。座っていいよ。全員すわれる?」
評議長というから、どんなカタブツが現れるかと思っていたのに。
歳は若く、あまりにも気さく。
そして、あまりにもひ弱そう。
とりあえずどうしたらいいか。アルベールに尋ねる。
「アルベール?」
アルベールはドイツ語で答えた。
「座ろう。タデクはそこにいろ」
「ヤァク」
タデクはポーランド語で返事をした。
わたしとルシアが隣り合って座り、アルベールは向かいに座った。
少年はソファーには座らず、ローテーブルの手前の地べたに直接座った。
少年が英語に戻した。
「ボクは、レックス・ヴァレンタイン。議長とは呼ばずに、レクかマスターって呼んでくれていいんだけど、どっちがいい?」
「え、えーと……レクくんでいい?」
「うん。君は?」
「みき」
「ミキか。変わった名前だね。そっちの女性は?」
視線をルシアに向けた。
「ルシアよ。よろしくね」
「ゥルセァ?」
ルシアの名前の説明は、今回は30秒で終わった。
「アルベールは、前にいちど会ったよね」
「はい」
アルベールは敬語だ。
「あ、えーっと、ごめん。書類見てなかった」
レクが、よっこいしょと言いたげに、もっさりと立ち上がる。
そして、事務机へと歩き、机に置かれた書類を拾って文面を眺めた。
「ミキが、推薦される候補者なの?」
「あ、うん。はい」
「へー、ドレスすごいね。19世紀くらいのやつかな。クラシカルドレスって言うんだっけ」
「うん……?」
「でも、その時代のヒトにしたらクラシックじゃないよね。って言うか、ボクからみたら、なにもかもクラシカルなんだけどね」
レクは、また地べたに座った。
会話のペースは普通だ。
ウィルツやアルベールとは、空気感がまるで違う。
言葉の感じは現代人。というか世間知らずな子供。
つまり、わたしと同じだ。
「で、その肩のNPCはなんだい?」
「うーん……と?」
なんのことだか、わたしには……?
ルシアもアルベールも、わたしの肩に視線を向ける。
そういえば、ひとつだけ思い当たることがあった。
「あ……もしかして……」
「うん?」
「灯巫女かな」
レクが言った。
「アカリミコ? なにそれ?」
「メモリアの妖精さん。わたしについてくるって言ってたから、もしかしたらそれかも」
「へぇ。みんな見えてないの? ボクにしか見えないのかな?」
「そうだと思う。レクくんのその青い目で見てるのかな? それなに?」
「え、聞いてくれるの! うれしい!」
「えっ、えぇぇ……」
「だれも聞いてくれないんだよね。なんでだろ。遠慮してるのかな。興味持って質問してくれたのは、このカウントではミキが初めてだよ」
うん……触れたくないかもしれなくもない。
「これはね、魔法の掛け過ぎ。あははは」
「魔法なのそれ?」
「そ。サーマルクリップ」
「うん? なにそれ?」
「ボクね、明るい場所とか太陽光に弱くてね。明るいものを直視できないんだよね」
「もしかして、ナイトビジョン的なやつ?」
「あ、そうそう。よく知ってるね。夜はナイトビジョンだけど、昼はポラライザー(遮光フィルタ)。サーマルレンズにもなるよ。スゴイでしょ」
「ごめん。よくわかんない」
「たとえば、ミキの肩のNPCはね、サーマルレンズだとよく見える。低い温度の小さな人形かな? 肩に乗ってる……っていうか、飛んでる?」
「やっぱり、灯巫女かも……」
……あとで、語りかけてみよう。
「すごいねレクくん。便利そうだけど、でも、魔法の掛け過ぎなの?」
「だってさ、これがないと、昼間は外に出られないよ。って言っても、外にはあんまり出たくないけど」
わたしも、ナイトビジョンを使いすぎると、こうなっちゃうのかな……
こんなサイバーパンクなアクセサリー。
絶対にイヤだ。
「じゃあレクくん。耳のスライムみたいなのは?」
「これはね、探知魔法の結晶体でね。この魔法も使い過ぎて、こんな形になっちゃった。あはははっ」
「それ、笑っていいとこなの……探知魔法って?」
「水平方向で1キロくらいの範囲まで、どんな動物が、どういう感情で存在しているのかがわかっちゃうんだよね。だからそこの入り口に立ってる怖そうなヒトが、ボクのこと怪しんでるのもわかっちゃう。スゴイでしょ!」
レクくんは、英語でしゃべってるから、いまの苦情はタデクには届かない。
「うん……すごい……ね?」
「だからさ、ルシアがやたら興味津々なのも知ってるよ。アルベールは退屈そうで、仕事に戻りたがってる。ミキはボクのこと、どう扱っていいか困ってるでしょ」
「えー、なにそれ怖いぃー」
「あはは、ごめん。怖がらせちゃった? でもわかっちゃうから、しょうがないし、もう慣れっこだから、どう思われてても気にしないよ。あ、殺意だけは感じたら逃げるけどね。あっははは」
そう言われてもね……
わたしは平常心。平常心を維持しよう。
「でもね、人が多いと、ノイローゼになりそうなくらい、いろんな感情が流れてきちゃうんだよね。しかもずーっと掛かりっぱなしの、聞こえっぱなし。もうね、うるさすぎ」
「あぁ、もしかして、だから地下にいるの?」
「そー! ここなら、部屋にいる君達とか、部屋に近づいてくる人の感情しか流れてこない。川で泳いでる魚の感情がたまに入って来るんだけどさ」
「魚って……どんな感情?」
にしても、やべぇ。
このヒトやべぇ。
壊れてる。ぶっ壊れてる……
「なに。ボク変?」
「え、また感情読まれた……?」
「だって、わかっちゃうんだもん」
「レクくんそれ、エッチだよ。変態だよ!」
「わぉ、ヘンタイ! それ褒め言葉だって、おじいちゃんに聞いた!」
「褒めてない! そのおじいちゃん、間違ってる!」
「じゃあ変態ってなに?」
「うーん……と」
レクくんの顔は、悪びれていない。
からかっているわけではなく、本当に知りたがっている顔だ。
そのくらいの感情なら、わたしでもわかる。
「そのおじいちゃんは、どの時代のヒト?」
「もう死んじゃったよ。5年くらい前」
「あ、ごめん。じゃあレク君はどの時代から来てるの?」
「うーん、それはおしえられないかも」
「なんで?」
「禁止されてるから」
「禁止? ダレに?」
「それもおしえなーい!」
「えーっ!」
とはいえ、レクくん。
歳が近いからかなぁ。
とても親しみやすい。
ほんとにこのヒト、議長なんだろうか。
軽すぎて、信じられない。
でも、感情が読めるってことは……?
ウソを言ってもバレるってこと?
だとしたら、評議会みたいな場所では、最強なのかな。
「ねぇ、レクくん」
「なに?」
「みきはウソつき?」
「うーん。どうだろう? ウソでもホントでもなさそう?」
「なにそれ」
「ミキそのものが、NPCみたい」
「え、みきはNPCじゃないよ?」
「それはわかるんだけど……ボクにもよくわかんいな。ミキみたいな感情を持ったプレイヤーは、初めて見るよ」
「NPCは、ウソつかないの?」
「NPCには、ウソもホントもないよ。AIがそれっぽく振る舞っているだけだからね」
「えー、それはなんか、寂しいな」
「でも、ミキと会話してると楽しいよ。また遊びに来て」
「うん。それはいいけど……」
「ミキとは、もう少し早く知り合いたかったなぁ」
「なんで?」
「専任評議員になってほしかったよ」
「そんなの、絶対にイヤだからね」
「次のカウントでもいいよ。いっしょにやらない?」
「ムリだよ、もうカウント23は、終わっちゃったから」
「え? じゃあどうやって22に? デバイスもらったの?」
「えへへへ……」
「うん?」
「それは、おしえなーい!」
「えー! ボク、議長だよ! おしえてよ! おしえてくれなきゃ票いれてあげないぞー!」
「べつにいいもん、評議員になれなくても……」
最初からやりたくないし……
「ええ、そうなの? じゃなんでここに来たの?」
「行けって言われたから」
「ふーん……まぁいいや。そろそろ疲れた。限界」
「限界? て? なにが?」
「ボクね、ニフィル・ロードの重力がしんどくて、座ってるだけでも疲れるし、頭痛がしてくるんだよね」
「重力って……どこなら重力が軽くなるの?」
普段どこで生活してるんだ?
水の中? もしかして宇宙?
「とにかくもうログアウトするから。またね、ミキ。遊びにきて」
「……うん」
レク君が、ログインデバイスを出した。
「え……ここでログアウト?」
「そうだけど? じゃあね」
「え……ちょっと……」
そのまま、ログアウト睡眠に入るのかと思ったら、レク君は、フッと、消えてしまった。
メモリアにでも行ったのだろうかと考えたが、それはない。
ゲートも出ていないし、虹色に輝くこともなかった。
その場で、パっと消えた。
わたしたちは、顔を見合わせた。
「なんなの?」
アルベールだけ、無表情のまま。
その口を動かした。
「面談は終わりだ。帰るぞ」




