6.6.35
となりに座ったウィルツ。
ちらっと、顔を向けると、仏間のような匂いがした。
わたしの隣に座った意味を考えてみたが、ただの気まぐれだよね。
向かいに座っているのは、ルシアとアルベール。
わたしは祖母のことは少し聞いたけど、祖父の話を聞いたことがない。
見たこともない。
存在しなきゃ、わたしも生まれてこないわけだけど、存在してたことすら知らない。
もしかしたら、おじいちゃんの家に遊びにきたら、こんな感じなのかなと。
だとしたら、わたしは、となりに座ったウィルツの孫娘か。
ウィルツも、そんなふうに思ってたり……なわけないか。
ウィルツが最初に口を開いた。
「レストランの準備は順調か」
「店舗の完成はまだ先ですが、注目度は高まっています」
「急だが、あと2週間でプレオープンさてほしい」
「2週間? かなり厳しいですが……なぜ?」
「ひとつやって欲しいことがある」
「なんでしょう?」
「選抜投票日の数日前に、7人、あるいは9人の専任評議員を昼食会に招きたい」
「票集めの仕掛けのひとつですか」
「うむ。重要な人物が多く会する。野外ではなく室内で食事できることは必須だ」
「なるほど……フリッツと相談してみましょう」
「まだどうなるかわからないが、最大でも9人だろう。ディナーではなく昼食会だが、可能な限りの準備を整えてほしい」
「わかりました。明日にでも、フリッツを連れて伺いますので、具体的な計画を立てましょう」
「そうしてくれ。それと……」
ウィルツが、わたしを見た。
「ご令嬢にも助力願いたい。昼食会に出席する必要はないが、なんらかの形で姿を見せてほしい」
「えーと、お料理を運ぶとかでもいいの?」
「それで構わない」
「でも9人なの? 専任評議員全員じゃなくて?」
「そうしたいところではあるが、そういうわけにもいかなくてな。仲のいい友達だけで昼食会を開きたい」
「ふーん。専任評議会のお友達かぁ……」
偉い政治家だけが集まるお食事会になるのか。
いっしょに食べろと言われなくてよかった。
「それから、ご令嬢。今日は別の依頼がある」
ウィルツが顔を向ける。
口はお酒臭い。
「うん?」
「ご令嬢を、選抜評議員へ推薦したいが。かまわないか?」
ああ。それね。
事前にアルベールから聞かされている。
イエスと言わなきゃいけないやつ。
「うん……みきでいいの?」
「ご令嬢だからこそお願いしたい。私からは他に2人のギルドマスターを推薦する。ご令嬢も含めた3人全員を選抜入りさせるつもりでいる。ご令嬢とそのギルドは、そのための重要なピースだ」
「ふーん……」
そもそも、ご令嬢なんてのもウソなんだけど。
「まぁ、難しいことを言ったが、ご令嬢はいつも通りでいい」
「いつも通りって?」
「なにも考えてなさそうで、なにかやってくれそうな、いつものご令嬢のままでいい」
じゃあ、ご令嬢じゃなくて「みき」でいいってことか。
「なんか、褒められてない気がする」
「ッハハハハ」
ウィルツが、頬だけ緩めて薄ら笑いを見せる。
「重圧だと感じるかもしれないが、この老人を助けると思って、引き受けてほしい」
「うん。ウィルツさん、推薦してくれてありがとう」
笑顔を向けると、ウィルツも好々爺な表情を返した。
これは儀式だ。
わたしなんかに、なにを期待しているのか知らないけれど。
教頭先生のお願いに、ノーと言えるわけもない。
「では手続きを進めよう」
ウィルツがソファーから立ち上がった。
事務机の女性に歩み寄り、小声で話しかける。
すると女性は立ち上がり、扉を開けて部屋から出て行った。
ウィルツはソファーに戻り、わたしの隣に腰を下ろした。
視線はルシアに向いている。
「君は、ディナーのときにもいたな。たしか……ルシア、と言ったか」
「はい。お名前を憶えていただき光栄です。ウィルツ閣下」
「忘れるはずもないだろう。ファールスにあれだけの啖呵を切ったんだ」
ルシアが、ちょっとだけ頭を傾けた。
「お見苦しいところをお見せしました」
ウィルツは、紳士髭をいじくりながら、ルシアの顔を眺めていた。
ルシアも、ウィルツの目を観察している。
その好奇心は、いったいどこから湧いてくるのか。
「ご令嬢に、側近のルシア。スラブの護衛もいたいな。あれも腕がたちそうだ。面白そうな人物ばかりじゃないか、アルベール」
「彼らが付き従っているのは、私ではなくご令嬢です閣下」
「なるほど。そのようだな」
ふと……思いついたことを口にした。
「アルベールも正式にみきの部下になる? お給料は払わないし、払えないけどね」
ウィルツが人差し指で、紳士髭の形を整える。
「ほう。それはいい提案だ。給料は私が立て替えよう。どうだアルベール?」
「おたわむれを……」
アルベールもウィルツも、作り笑い以上に表情は変わらない。
にやけているのは、ルシアとわたしだけだった。
部屋のドアが開く。女性が戻ってきた。
「評議長が、議長室でお待ちです」
「うむ。運がいいなご令嬢」
「そうなの?」
「議長が部屋にいるのは、せいぜい2〜3時間だ」
「忙しいんだね、議長さん」
「いや、それ以外の時間はログアウトしている」
「えぇ? 2~3時間でログアウトしちゃうの?」
「とにかく、いまから評議長と面談してきなさい」
「どんなこと話すんだろ?」
「世間話をするだけだろう。気負う必要はないが……まぁその心配は不要か、ご令嬢には」
「どんなヒト?」
「うーむ。あれはまるで、亡霊……おっと。いまのは聞かなかったことにしてくれたまえよ。ッハハハ」
アルベールは宇宙人だといい。
ウィルツが亡霊だと喩える議長さん。
いったいどんなプレイヤーなんだろう。




