6.6.33 - 選抜評議員12人会
翌日。
語学教室が始まった。
世川君はまずは、ドイツ語での自己紹介をしてもらおう。
わたしが「せがわくん」と呼ぶせいで、みんなからは「せがわくん」がファーストネームだと思われている。
だから世川君自身のドイツ語で、その訂正を目指す。
なのに、朝早くから、アルベールが来た。
「なんだあのヒョロっとした日本人は」
「みきの友達だよ。ヒドイこと言わないで」
「役に立つのか、あんなのが?」
「友達っていうのは、そういう次元じゃないの」
「なにか弱みでも握られてるのか」
「アルベールの人間関係といっしょにしないで!」
「……まぁいい。評議会へ行くぞ、支度しろ」
「えー! やだー! 今日は語学教室やるんだから!」
「そんなのいつでもできるだろ。普段なにもしてないんだから。2週間ぶりのギルドマスターの仕事くらいしろ」
「ふぇー……」
「ドレスに着替えてこい」
「どっちのドレス? 紺色? 水色?」
「それは、好きにしろ……」
「それとルシア」
「ウィ?」
「あと、タデクはどこだ?」
「またタデクが護衛?」
「そうだ」
「なら、探してくるわね」
「剣を忘れさせるなよ」
「ウィ~ウィ~セボ~ン」
ルシアがめんどくさそうに言い放ったあと、部屋を出て行った。
世川君に、日本語で伝える。
「ごめん世川君。みきね、お出かけしなきゃなんだって。ひとりで勉強できる?」
「はい……筆談はできるので、どうにか」
「じゃあえっと、ロズ、お願いしていい?」
世川君と同じく、ドイツ語会話を学習する予定だったロズ。
「はい。おまかせください、マドモワゼル」
夕べ、ロズは男性だとか、変なことを口走った世川君。
そのロズとのコンビでがんばってもらおう。
わたしは宿舎の1階の個室で、水色のドレスに着替えた。
大部屋に戻ると世川君に日本語で言われた。
「みきさん! とてもステキです!」
「え……えへへ、ありがと……」
「この世界に来て、よかったです!」
「褒めすぎ、世川君……」
ちゃんと褒めてくれる男性って、貴重だよね。
アルベールや、フリッツは事務的なことしか言わないし、タデクは論外。
「支度は終わったのか。行くぞ」
ほらね。
「じゃあいってくるね、世川君……」
「はい。いってらっしゃい。みきさん」
ルシア、タデクと合流し、4人で拠点を出発した。
評議会の場所へ向かうのは半月ぶりくらいだ。
「やっぱり、ミキは水色の方がにあうわね」
ルシアも、褒めてくれる。
「縁起の悪そうな色だな」
タデクは、内心で照れてるってことにしておこう。
「で、アルベール。今日は、なんの会合なの?」
「選抜評議員12人会への推薦を行う」
「えーと……?」
「前にも説明したような気がするが……まぁいい。
評議会24名は、専任評議員12人会と、選抜評議員12人会で構成されている。
専任評議員12人はすでに決定している。たとえばウィルツは専任評議員の1人だ」
「ふーん。専任と、選抜ね。で、選抜評議員て?」
「専任評議員は、ギルドに対して公正であるべき議員だが、選抜評議員はギルドマスターから選ばれる。専任が国営の議会だとするなら、選抜は民間企業の代表者を集めた事業組合だと考えればわかりやすいだろう」
「ぜんぜんわかんない」
「……どう説明すればわかるんだ」
「子供でもわかるように……」
「専任評議会は学校の教員。
選抜評議会は生徒会。
エレメント・ノードという社会の法が、この両者の提案と投票によって決まるということだ。わかったか?」
「えーと? 学校のルールを、先生と生徒で一緒に決めるということ?」
「そうだな……学校ではなく、信頼のエレメント・ノードだがな」
「じゃあ、登校時間をお昼にしようって生徒が提案したら、それを先生といっしょに決めるってこと?」
「提案が可決されるには、常に過半数以上の表が必要になる。生徒が全員それに賛成し、教師が1人でも賛同するなら、そのルールも可決されることになる」
「すげぇ……ルシアわかった?」
「よくわかったけど、腑に落ちないところがひとつあるわね」
「なに?」
タデクが言った。
「専任評議会が、公正ってとこだよな? ウィルツが公正だとはとても思えねぇ」
「その通りだが……そういうことを公の場では口にするなよ」
「へいへい」
「うんと? どういうこと?」
「エレメント・ノードの法は、ギルド評議会の投票で決まる。そして専任評議員は、選抜評議員を抱き込んで派閥を作るのが基本だ。つまり、ウィルツが動かせる選抜評議員という駒の数で、ウィルツの評議会で政治力が決まるということだ」
うーん、難しい……
ルシアが質問した。
「もしかして、うちのミキも、その選抜評議員に推薦するの?」
「ウィルツからは、3名のギルドマスターを選抜評議員に推薦する」
「その3名に、ミキも入ってるのね?」
「そうだ。日夜、高級フレンチの匂いを垂れ流しているフォリオ・ノーメルシは、人数こそ少ないが、存在感だけは最上位にして最高クラスだ。すでに評議員の大多数から試食の申し込みが届いているほどだ」
「…………」
ルシアが質問を続けた。
「で、ほかの2人は?」
「まずは、ウィルツが出資した、陸運ギルドのギルドマスターを推薦する。すでに多くの動物を確保し育成を始めている。今後の信頼エレメントの活動における重要人物のひとりと言えるだろう」
「そこは納得ね。社会的にも重要だわ。で、あとひとりは?」
「君達も知ってる男、バカ息子のファーリスだ」
「ええっ……なんでよ?」
「ウィルツの政治的な思惑もあるが、すでに200人越えの規模。そして現実世界での資金力。そして美女が多数所属する影響力。現時点では、複数の点において、信頼エレメントでもトップクラスだ」
「あのう……」
「なんだ」
「みきは、そのヒト達の中で、なにをすれば……」
「いつも通りにしていればいい。君は特別な人間ではないが、特別な存在ではある」
「また、皇室のご令嬢?」
「それは今回は伏せる。ウィルツもそれを、おおやけにはしたくないようだ。君はフレンチレンストランを始める、フォリオ・ノーメルシのギルドマスター。それだけでいい」
「選抜評議員にならなくてもいいの?」
「……それはなんと言えないな」
「うん?」
「候補者は、20人から25人。選ばれるのは12人だ」
「どうやって選ぶの?」
「20日後、専任評議員の認可投票によって決まる」
「それって、ほぼほぼ1人1票しか入らなくない?」
「専任評議員は、かならず12票の投票が義務付けられている。3人の候補者を推薦したウィルツは、あと9票の浮動票を持っているということになる。これから20日間、専任評議員連中は、互いの浮動票の獲得のために、様々な交渉を水面下で行うことになるだろう」
タデクが言った。
「なるほど……よくできてんな」
「みきは、ぜんぜんわかんないんだけど……」
「推薦を多くすれば、売りさばく手持ちの浮動票が減る。推薦を少なくすれば浮動票というチップは増えるが、選抜される手駒が少なくなって評議会での影響力が減る」
「ッフフ。まぁそういうことだ。ウィルツは9票の浮動票で、推薦する3人が選抜されるための票を、他の専任から買うことになる」
「買うって、浮動票で?」
「基本的にはそうなる。1票の価値は1票だ。『投票するから投票しろ』が評議員同士のスタンダードな取引になる」
「そんなんでどうやって、他の候補者と差をつけるの?」
「さぁな。ウィルツが推薦3人と12票でどう立ち回るのか、せいぜい見物させてもらうおう。3人全員が選抜評議員に選ばれれば、ウィルツの完全勝利だ」
「12人で、12人を選ぶ選挙で子飼いを3人当選させるって……不可能でしょ?」
「まぁこれも、政治家連中のゲームのひとつだ……しょせん選抜評議員なんてのも、専任評議員というプレイヤーの遊びの駒にすぎない。遊びに付き合ってやるくらいのつもりでいてくれ」
うーん……
わからん。
わからないから、選抜されたくない。
それだけは、よくわかった。




