6.6.32
勝負は引き分けで終わった。
タデクも、ドイツ人を殴り飛ばしたあと、その場で酔いつぶれて寝てしまった。
大工さんたちがタデクを、拠点まで引きずり、ノックアウトしたドイツ人は、ドイツ人が引きずった。
その後はドイツ人も加わって、焚火の周りで宴会の続きが始まった。
ひとりは気絶し、ひとりは酔いつぶれて寝ている。
ケンカの当事者ではない大工とドイツ人が、互いの栄誉をたたえ合っていた。
タデクは、気持ちよさそうイビキをかいていた。
よくあんなうるさいところで寝られる。
わたしは、世川君を連れて、宿舎へ。
宿舎の中では、ルシアとフリッツがテーブルを囲んでいた。
フリッツが席から立ち上がり、フランス語で言った。
「おかえりなさいませ、マドモワゼル。そちらのかたは?」
「ミキのお友達の『せがわくん』だよ」
ルシアが反応した。
「あら、もしかして、このあいだ言ってたカレシ?」
「そう。やっと来てくれたけど、カレシじゃなからね」
「セガワクンサン。ワタシワァ、ゥルセア。コン・バン・ワ」
ルシアの、ヘタクソすぎる日本語。宇宙人か。
あと、世川君が『セガワクンサン』になってしまった。
「あ、はい。どうも。こんばんわ……世川ですが」
ルシアの次の言葉はフランス語だった。
「典型的な日本人だわ! これが、ホンモノのOTAKUね!」
世川君が小声で、日本語をしゃべった。
「あの……みきさん」
「うん?」
「実は緊張の連続で限界です。胃が痛いです。帰りたいです」
などと言いながら、世川くんのお腹が、ぐぅ~っと鳴る。
「世川君、おなかすいてるんでしょ?」
「……朝、パンを食べただけですが、食欲ありません。吐き気がします」
「大丈夫だよ。ここのまかない、ちょー美味しいから」
「はい……まかない?」
「フリッツ」
「ウィ、マドモワゼル?」
「食欲のないヒトに食べてもらう、まかない料理ある?」
フリッツが、音もたてずに椅子を直す。
「かしこまりました。10分でご用意させていただきます。お席でお待ちください」
そのまま、スタスタと厨房へ歩いていってしまう。
「みきは半分でいいからね!」
フリッツが立ち止まり、振り返る。
「ウィ、マドモワゼル」
ルシアも、オーダーを追加する。
「私は大盛よ! ムッシュ・フリッツ」
「……ウィ」
「世川君、座って」
「え……あ、はい」
「とにかく、ようこそ、フォリオ・ノーメルシへ!」
「は、はい」
世川君が、椅子に座った。
あー、やっと世川君が来てくれた。
でもなんだか、借りて来た猫状態だ。
あるいは保護されてケージに閉じ込められた、迷い犬のようだ。
わたしも、フリッツが座っていた椅子を引いて、そこに腰を下ろした。
「まずは、言葉だね。世川君」
「はぁ……でも、英語でもドイツ語でもないようですが……」
「いまのはフランス語だけど、共通語はドイツ語かも」
「どれを覚えればいいのでしょうか」
「うーん、ドイツ語かなぁ。英語はほとんど通じない」
「ドイツ語は、少しだけ読み書きできます。ネットで覚えた範囲ですが」
「え、そうなの。じゃあ発音と聞き取りだけ?」
「そうかもですけど、それが大変ですよね……」
「あ、あとね、ルシアが日本語覚えたいっていうから、ついでにそれもやるからね」
「うん?」
名前を呼ばれたのに気がついたのか、ルシアが返事をした。
フランス語で、ルシアに言った。
「明日から、いよいよ、日本語ドイツ語教室がはじまるよ」
「ウィ! 朝から晩までやるわよ!」
世川君が言った。
「みきさん、すごいです。ドイツ語にフランス語。どうやって覚えたんですか?」
「えへへへ。基本は図書館とかだけど、会話はぜんぶこの世界で覚えた」
「すごいです。かっこいいです」
「かっこいいのかな……」
「でもぼく、ひとつだけ、魔法が使えるようになりました」
「え、ホント? すごい!」
「はい。まゆさんと、徹底的に予習してきましたので」
「あー、なんか目に浮かぶ」
「まだ大したことはできないんですけど」
「どんな?」
「性別の判定ができます」
「え……?」
「プレイヤーが男性か女性か。それを見分けることができます」
「へ、へー……すごい……のかなそれ」
「わざわざ魔法使わなくても、見ればわかりますよね」
「あ、で、でもすごいよ! じゃあこの子は女性?」
わたしは、ルシアを指した。
「はい。やってみます」
世川君が、目を閉じる。
とくに、なにも変わらない。
3秒くらいの沈黙のあと、世川君が目を開けた。
魔法がかかってるのは、世川君の眼球かな。
「う……あっ、あ……じょ、女性です」
なぜか世川君は、ルシアからすぐに目を逸らしていた。
「うん……そうだね」
見ればわかる……
わざわざ、魔法を使う必要はないかもしれない。
「じゃあ世川君、みきは?」
「みきさんわぁぁっ、うわあぁぁああ!」
「え?」
世川君が、両手で顔を塞いだ。
「すいません、ごめんなさい。ごめんなさい」
「え? えー?」
「みきさんは、女性! 女性です! 間違いありません!」
「え、なに? なにが見えるの! 世川君、なにを見たの!」
「なによ。どうしたのミキ? この子、なにを悶えてるの?」
「お待たせしました」
「あ、ロズ」
「鹿肉ロティと、4種野菜のスパイシーラタトゥイユでございます」
「うわぁいい匂い! 見て世川君。これなら食べられる?」
「は……はい、いい匂いで……すぅぅうう!?」
世川君が、ロズを見た。
ロズは、世川君の目を見ながら、英語で言った。
「ようこそ、フォリオ・ノーメルシへ。給仕長のロズです。お会いできて光栄です。セガワクンサン」
「さ……さんきゅう……う?」
「うん? どうしたの、世川君?」
「あの、このかたは?」
「給仕長のロズさん」
世川君は、わたしには決して視線は送らずに、ロズさんを向いたまま、言葉を続けた。
「ロズさん。女性の格好をしてますが、どうして?」
「え?」
「ロズさんは、男性……ですよね?」
「……は?」
「お飲み物はどういたしましょうか」
日本語がわからないであろうロズは、平然と業務トークを続けている。
……えっと?
「わたしと、世川君は、お茶で」
「では、ライ麦茶をお持ちいたします」
「うぃ……(むっしゅ?)」
ロズが、厨房へと立ち去っていく。
コツコツとパンプスの短いヒールを鳴らしながら、お尻がプィップィと揺れている。
「私はワインね、ロズ」
「ッフフ、わかってますわ、ルシア」
「いっしょに飲みましょう、ロズ」
「わたくしは、まだ、仕事中ですのよ」
歩き方も、後ろ姿も、口調も。
だれが見ても、ロズは女性だ。
世川君……
その魔法、大丈夫?




