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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
581/587

6.6.32


 勝負は引き分けで終わった。

 タデクも、ドイツ人を殴り飛ばしたあと、その場で酔いつぶれて寝てしまった。


 大工さんたちがタデクを、拠点まで引きずり、ノックアウトしたドイツ人は、ドイツ人が引きずった。

 その後はドイツ人も加わって、焚火の周りで宴会の続きが始まった。

 ひとりは気絶し、ひとりは酔いつぶれて寝ている。

 ケンカの当事者ではない大工とドイツ人が、互いの栄誉をたたえ合っていた。


 タデクは、気持ちよさそうイビキをかいていた。

 よくあんなうるさいところで寝られる。



 わたしは、世川君を連れて、宿舎へ。

 宿舎の中では、ルシアとフリッツがテーブルを囲んでいた。


 フリッツが席から立ち上がり、フランス語で言った。

「おかえりなさいませ、マドモワゼル。そちらのかたは?」


「ミキのお友達の『せがわくん』だよ」


 ルシアが反応した。

「あら、もしかして、このあいだ言ってたカレシ?」

「そう。やっと来てくれたけど、カレシじゃなからね」


「セガワクンサン。ワタシワァ、ゥルセア。コン・バン・ワ」


 ルシアの、ヘタクソすぎる日本語。宇宙人か。

 あと、世川君が『セガワクンサン』になってしまった。


「あ、はい。どうも。こんばんわ……世川ですが」


 ルシアの次の言葉はフランス語だった。

「典型的な日本人だわ! これが、ホンモノのOTAKUね!」


 世川君が小声で、日本語をしゃべった。

「あの……みきさん」

「うん?」

「実は緊張の連続で限界です。胃が痛いです。帰りたいです」


 などと言いながら、世川くんのお腹が、ぐぅ~っと鳴る。


「世川君、おなかすいてるんでしょ?」

「……朝、パンを食べただけですが、食欲ありません。吐き気がします」

「大丈夫だよ。ここのまかない、ちょー美味しいから」

「はい……まかない?」


「フリッツ」

「ウィ、マドモワゼル?」

「食欲のないヒトに食べてもらう、まかない料理ある?」

 フリッツが、音もたてずに椅子を直す。

「かしこまりました。10分でご用意させていただきます。お席でお待ちください」

 そのまま、スタスタと厨房へ歩いていってしまう。

「みきは半分でいいからね!」

 フリッツが立ち止まり、振り返る。

「ウィ、マドモワゼル」

 ルシアも、オーダーを追加する。

「私は大盛よ! ムッシュ・フリッツ」

「……ウィ」


「世川君、座って」

「え……あ、はい」

「とにかく、ようこそ、フォリオ・ノーメルシへ!」

「は、はい」


 世川君が、椅子に座った。


 あー、やっと世川君が来てくれた。

 でもなんだか、借りて来た猫状態だ。

 あるいは保護されてケージに閉じ込められた、迷い犬のようだ。


 わたしも、フリッツが座っていた椅子を引いて、そこに腰を下ろした。


「まずは、言葉だね。世川君」

「はぁ……でも、英語でもドイツ語でもないようですが……」


「いまのはフランス語だけど、共通語はドイツ語かも」

「どれを覚えればいいのでしょうか」

「うーん、ドイツ語かなぁ。英語はほとんど通じない」


「ドイツ語は、少しだけ読み書きできます。ネットで覚えた範囲ですが」

「え、そうなの。じゃあ発音と聞き取りだけ?」

「そうかもですけど、それが大変ですよね……」


「あ、あとね、ルシアが日本語覚えたいっていうから、ついでにそれもやるからね」


「うん?」

 名前を呼ばれたのに気がついたのか、ルシアが返事をした。

 フランス語で、ルシアに言った。

「明日から、いよいよ、日本語ドイツ語教室がはじまるよ」

「ウィ! 朝から晩までやるわよ!」


 世川君が言った。

「みきさん、すごいです。ドイツ語にフランス語。どうやって覚えたんですか?」

「えへへへ。基本は図書館とかだけど、会話はぜんぶこの世界で覚えた」

「すごいです。かっこいいです」

「かっこいいのかな……」


「でもぼく、ひとつだけ、魔法が使えるようになりました」

「え、ホント? すごい!」

「はい。まゆさんと、徹底的に予習してきましたので」

「あー、なんか目に浮かぶ」

「まだ大したことはできないんですけど」

「どんな?」


「性別の判定ができます」

「え……?」

「プレイヤーが男性か女性か。それを見分けることができます」

「へ、へー……すごい……のかなそれ」

「わざわざ魔法使わなくても、見ればわかりますよね」

「あ、で、でもすごいよ! じゃあこの子は女性?」

 わたしは、ルシアを指した。


「はい。やってみます」

 世川君が、目を閉じる。

 とくに、なにも変わらない。

 3秒くらいの沈黙のあと、世川君が目を開けた。

 魔法がかかってるのは、世川君の眼球かな。


「う……あっ、あ……じょ、女性です」

 なぜか世川君は、ルシアからすぐに目を逸らしていた。


「うん……そうだね」


 見ればわかる……

 わざわざ、魔法を使う必要はないかもしれない。


「じゃあ世川君、みきは?」

「みきさんわぁぁっ、うわあぁぁああ!」

「え?」


 世川君が、両手で顔を塞いだ。

「すいません、ごめんなさい。ごめんなさい」

「え? えー?」

「みきさんは、女性! 女性です! 間違いありません!」

「え、なに? なにが見えるの! 世川君、なにを見たの!」

「なによ。どうしたのミキ? この子、なにを悶えてるの?」



「お待たせしました」

「あ、ロズ」

「鹿肉ロティと、4種野菜のスパイシーラタトゥイユでございます」

「うわぁいい匂い! 見て世川君。これなら食べられる?」


「は……はい、いい匂いで……すぅぅうう!?」


 世川君が、ロズを見た。

 ロズは、世川君の目を見ながら、英語で言った。

「ようこそ、フォリオ・ノーメルシへ。給仕長のロズです。お会いできて光栄です。セガワクンサン」


「さ……さんきゅう……う?」

「うん? どうしたの、世川君?」


「あの、このかたは?」

「給仕長のロズさん」

 世川君は、わたしには決して視線は送らずに、ロズさんを向いたまま、言葉を続けた。

「ロズさん。女性の格好をしてますが、どうして?」

「え?」


「ロズさんは、男性……ですよね?」

「……は?」


「お飲み物はどういたしましょうか」

 日本語がわからないであろうロズは、平然と業務トークを続けている。


 ……えっと?


「わたしと、世川君は、お茶で」

「では、ライ麦茶をお持ちいたします」

「うぃ……(むっしゅ?)」


 ロズが、厨房へと立ち去っていく。

 コツコツとパンプスの短いヒールを鳴らしながら、お尻がプィップィと揺れている。


「私はワインね、ロズ」

「ッフフ、わかってますわ、ルシア」

「いっしょに飲みましょう、ロズ」

「わたくしは、まだ、仕事中ですのよ」



 歩き方も、後ろ姿も、口調も。

 だれが見ても、ロズは女性だ。



 世川君……


 その魔法、大丈夫?



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