3.5.09
モトとヤマに案内された場所は、そこそこ大きな民家だった。
裏へ回ると、遠くまで畑が広がっていた。
収穫が近そうな作物は、カブや、キャベツだろうか。
他にも、芽を出している植物があるが、オレにはよくわからない。
その畑の遠くに、麦わら帽子を被った男が見える。
腰を屈めて、なにか作業をしているようだ。
モトとヤマが、駆け出していく。
男のところまで辿り着き、なにか会話を始めた。
オレも近づく。
男は「だれだ?」という目で、オレを見ていた。
「手を止めさせて済まないな。あとで少し話がしたい。いいか」
おじいさんと言うほどの歳ではないようだ。
まだ60歳にも届いてないように見えた。
「お、おう。だれだいあんた?」
「オレはソウジだ」
「じいちゃん、わたしびと様だ」
「ほぇ……だれだって?」
「オレは2代目で新人の渡し人だ。いろいろと教えて欲しいことがある」
左手を叩いて、デバイスを出す。
男は、ストンと膝から崩れて、おろおろと涙を流した。
「わたしびと様……ようこそ、おいでくださいました。
この年寄りでも役にたつことがあれば、なんでも仰ってください」
「そんなに立派なもんじゃない。普通に接してくれ」
それから、オレは木陰に座り、男と少年2人の仕事を眺めた。
農業のことはまるで分からない。
クワを振って耕し、土を盛っている。あれは畝だったか。
太陽が真ん中に差し掛かるころ。
仕事が一通り終わったのだろうか。
3人がオレのところに歩いてきた。
「お待たせしました。
わたしは、ニシカタと言います。孫たちがご迷惑をおかけしたようで」
「それはいい、記憶の回廊のことは知っているか?」
「はい、存じています。わたしは当時9歳でした。
幼馴染のシチリちゃんと一緒に、ケイスケ様が、回廊を開くところを見ていました」
……ケイスケ。
思い出した。
未希の実の父親の名だ。
渡し人様は、田心啓介だ。
「また、回廊を開きたい。
今日明日の話ではないが、時が来たら協力してくれるか?」
「もちろんです。ケイスケ様は、その為に回廊を見せてくださいました」
「幼馴染のシチリというのは今どこに?」
「シチリちゃんは、私の二つ下の女の子でした。
私が知っているのは、40年近く前までのことですが……
結婚して、スピカの街に移りました。いまはどうしていることやら」
「その街はどこに?」
「わたしは行ったことがありませんが、
カタセ村から北東の方角。歩いて6日ほどかかる場所にある街です。
シチリの歳も、もう56歳。元気でいてくれるとよいのですが」
「その後の消息はわからないのか?」
「わかりません。申し訳ありません」
「わかった。また来るよ。
回廊を開くときは、よろしく頼む」
「いつでも、お声がけください」
「ああ、そうだ。パンをありがとう」
「ははは。ケイスケ様は、毎朝、お腹を空かせておられました。
おやしろには、食事をする用意がないそうで」
「そのようだな」
「わたしとシチリの2人で、朝食を届けに、おやしろまで行ったのを思い出しました」
ニシカタは、やりにくい相手だった。
腰が低く、従順だ。
裏があるのか無いのかが、分からない。
だが、悪くなさそうに見えるやつほど、実は性根が腐っている。
死んだ息子夫婦のことを聞けば、なにか分かるかもしれないが。
それは、また後日にしよう。
いまは、記憶の回廊を開けるのが先だ。
この男の裏の顔を知るのは、その後で良い。
立ち去ろうとすると、モトが声を掛けてきた。
「あの、わたしびと様。午後の修行は……」
少し考えてから、ニシカタに尋ねる。
「もう、仕事はいいのか?」
「ええ。今日は収穫もありませんので、あとは手作業だけです」
「じゃあ、2人を少し借りていいか」
「はい。ご迷惑でなければ」
「おまえ達、シラスの床屋の場所はわかるか?」
オレは、ここが村のどの辺りなのか、分かっていなかった。
「はい!わかります!」
「それじゃあ、案内してくれ」
「わかりました!」
ニシカタの家を離れた。
モトとヤマの案内で、シラスの床屋へと向かう。
歩きながら、情報を整理した。
記憶の回路を開けるための3人。
これで、2人確保した。
あとは、シチリという名の女性か。
スピカという街に行くには、どうすれば良いだろうか……
街で見つけたとしても、56歳の女性を6日間の長旅に付き合わせることになる。
6日の旅ともなれば、道案内を含めた人手も欲しい。
ガスコスの回復を待つしかないか。
ひとまずシチリは、候補のひとり、ということにしておこう。




